八雲抄巻第一 正義部
混本哥
三十一字、内一句なき也。又、有五句字不足。是一躰にて
はあれど、普通の事にあらず。よみたる事もすくなし。
朝がほの夕かげまたずちりやすき花のよぞかし
是は、すゑの七文字よまざる也。
岩の上にねざす松が枝とのみこそ思ふ心有物を
是は、中の七字十二字ありて、末の七文字のなき也。
句は、あまりて文たらずともいひてん。小町哥かやう
ていの物也。善悪などあるべき程のものとも見えず。
唯、古今序に一のすがたといへるばかりなり。
廽文哥
是は、さかさまにもおなじ樣によまるゝ也。
むらくさにくさの名はもじぞなはらば
なそしもはなのさくにさくらむ
といへるほか、まことしくつゞけるだにもすくなし。す
べてかやうの事を好よめば、おほかたの哥のため
よからぬことなり。
無心所着
万葉十六巻に有之。たゞすゞろ事也。あしくよめば、
そのすがたともなきものなり。
わぎもこがひたひにおふるすぐろくの
ことひのうしのくらのうへのかさ
わがせこがたうさぎにするつぶれいしの
よしのゝ山にひをぞかゝれる
右哥者、舎人親王令待座曰、或有作無所由之哥人者
賜以銭帛。于時大舎人安倍朝臣子祖父の作斯哥献
上。登時以所募物銭二万文給之也。
※読めない部分は、国文研鵜飼文庫を参照した。
※朝がほの 出典不明
※岩の上に 出典不明
※唯、古今の序 古今和歌集 真名序 長歌・短歌・旋頭・混本之類、雑體非一、源流漸繁。
※むらくさ 出典不明
※わぎもこが 、わがせこが 万葉集巻第十六 無心所著歌 二首 3838、3839
吾妹兒之 額尓生流 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡
我妹子が額に生ふる双六のこと負の牛の鞍の上の瘡
吾兄子之 犢鼻尓為流 都夫礼石之 吉野乃山尓 氷魚曽懸有
我が背子が犢鼻にするつぶれ石の吉野の山に氷魚ぞ下がれる
右歌者、舎人親王令侍座曰、或有作無所由之歌人者賜以錢帛、于時大舎人安倍朝臣子祖父乃作斯歌獻上 登時以所募物錢二千文給之也。