新古今和歌集の部屋

源氏物語 蜻蛉 女郎花 薫と女房

       薫大将

をみなへし

   亂るゝ野辺に

 まじるとも露
      のあだ名

を我に
       かけめや

 

    東の渡殿の女房

花といへば


 こそ
   あだなれ

         女郎花

 なべてのつゆに

     みだれやはする

 


源氏物語 蜻蛉
東の渡殿に、開きあひたる戸口に、人々数多居て、物語などする所におはして、
「某をぞ、女房は睦ましと思すべき。女だにかく心易くはよもあらじかし。流石にさるべからむこと、教へ聞こえぬべくもあり。やうやう見知り給ふべかめれば、いとなむ嬉しき」
と宣へば、いといらへ難くのみ思ふ中に、弁の御許とて、馴れたる大人、
「そも睦ましく思ひ聞こゆべき故無き人の、恥ぢ聞こえ侍らぬにや。ものはさこそはなかなか侍るめれ。必ずその故尋ねて、うちとけ御覧ぜらるるにしも侍らねど、かばかり面無く作り初めてける身に負はさざらむも、片腹痛くてなむ」と聞こゆれば、
「恥づべき故あらじ、と思ひ定め給ひてけるこそ、口惜しけれ」など、宣ひつつ見れば、唐衣は脱ぎすべし押しやり、うちとけて手習しけるなるべし、硯の蓋に据ゑて、心もとなき花の末手折りて、弄びけり、と見ゆ。片へは几帳のあるにすべり隠れ、あるはうち背き、押し開けたる戸の方に、紛らはしつつ居たる、頭つきどもも、をかしと見渡し給ひて、硯ひき寄せて、
  女郎花乱るる野辺に混じるとも露のあだ名を我にかけめや
「心易くは思さで」と、ただこの障子に後ろしたる人に見せ給へば、うちみじろきなどもせず、のどやかに、いと疾く、
   花といへば名こそあだなれ女郎花なべての露に乱れやはする
書きたる手、ただかたそばなれど、よしづきて、おほかためやすければ、誰ならむ、と見給ふ。
 

よみ:おみなえしみだるるのべにまじるともつゆのあだなをわれにかけめや
 
意味:女郎花が咲き乱れている野辺と同じく、美しい皆様の中に混じっても、露に濡れたと、少しでも浮気心のある男と噂を立てないで下さいね。私は、匂宮様とは違うのですから。
 
備考:女郎花は、あだなる女に例えられる。露は少しもの意で、野辺の縁語。
本歌
古今集 秋歌上
                   小野美材
女郎花多かる野辺に宿りせばあやなくあだの名をや立ちなむ
 
 
よみ:はなといへばなこそあだなれおみなえしなべてのつゆにみだれやはする
 
 
意味:花と言えば名こそ、浮気な女郎花ですが、皆が露に乱れて男になびくと言うわけではないのですよ
 
備考:全集では、中将の御許としているが、文面からそれを推察できなかった。女郎花、露、乱れと薫大将の歌を踏まえて返している。
 

紫式部日記(寛弘五年秋)
渡殿の戸口の局に見出だせば、ほのうち霧たる朝の露もまだ落ちぬに、殿ありかせ給ひて、御随身召して、遣水はらはせ給ふ。橋の南なる女郎花のいみじう盛なるを、一枝折らせ給ひて、几帳の上よりさし覗かせ給へる御樣の、いと恥づかしげなるに、我が朝顔の思ひ知らるれば、
「これ遅くてはわろからむ」と宣はするにことつけて、硯のもとに寄りぬ。
  女郎花盛の色を見るからに露の湧きける身こそしらるれ(紫式部)
「あな、と」と微笑みて硯召し出しづ。
  白露は湧きてもおかじ女郎花心からにや色の染むらむ(道長)
しめやかなる夕暮に、宰相の君と二人、物語して居たるに、殿の三位の君、簾のつま引き上げて居給ふ。年の程よりは、いとおとなしく心難き樣して、
「人はなほ、心映へこそ難きものなめれ」など、世の物語しめじめとしておはする気配、幼しと人のあなづり聞こゆるこそあしけれと、恥づかしげに見ゆ。うちとけぬほどにて、
「おほかる野辺に」とうち誦じて立ち給ひにし樣こそ、物語に褒めたる男の心地し侍りしか。かばかりなる事の、うち思ひ出らるるもあり、そのをりはをかしき事の、過ぎぬれば忘るるもあるはいかなるぞ。

紫式部集
朝霧のをかしきほのに、御前の花ども色々
に乱れたる中に、女郎花いと盛りに見ゆ。
をりしも、殿でて御覧ず。一枝居らせた
まひて、几帳のかみより「これただに返
すな」とて、賜はせたり
女郎花さかりの色を見るからに露のわきける身こそしらるれ
と書きつけたるを、いととく
白露はわきてもおかじ女郎花心からにや色の染むらむ
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