新古今和歌集の部屋

秋歌下 きりぎりす 九条良経 橋本公綱筆コレクション

きり/\す鳴や霜

夜のさむしろに

衣かたしき

  ひとり
    かも
     ねん


新古今和歌集 巻第五秋歌下
  百首歌奉りしに
       摂政太政大臣
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む

正治二年後鳥羽院初度百首

橋本公綱
生没年不明1650年頃生
父は権大納言葉室頼業。橋本季村の養子となる。正四位下左近衛中将

藤本了因極

平成28年2月22日 参點貮

コメント一覧

jikan314
Re:こんにちは!
sakura様
コメントありがとうございます。
この歌は、小学校の頃から何故か好きで、入手できて、とても嬉しいです。
百人一首と言うことで、通常の色紙の倍はしました。4人ファミレスにランチビール付き位ですが。(笑)
九条良経は、本当は漢詩が好きで、気軽な次男坊として、兄を支えようとしたのですが、兄が早世したため、自らが、政争の舞台へ行かなければならなくなった。和歌は、叔父の慈円が盛んに教育した結果、摂関家歌壇を形成するまでになった。
後鳥羽院も上皇となってからは、兄とも慕う関係でした。
歌のセンスは、誰もが認めるものですね。
実盛のきりぎりすは、流石。
sakura
こんにちは!
自閑さま
子供の頃、虫の音を聞くのは秋の楽しみのひとつでした。
きりぎりすは今のコオロギのことだそうですが、
最近はコロコロと鳴くいかにも悲しげなコオロギの声を
聞くことができなくなりました。

九条良経の妻は坊門姫の娘ですね。
これは良経が34歳の室を失った時の歌である。と
新古今和歌集の頭注に書かれています。
その時の歌が2首、新古今和歌集の哀傷歌の中に
収められているとあったので、そちらの方も鑑賞しました。

坊門姫も36歳くらいで難産のため没したとされていますから、
母娘とも若くして亡くなったのですね。

ところで「きりぎりす」ですぐ思い出すのは芭蕉の句です。

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