朝顔
源氏 人知れず神の許しを待ちし間にここらつれなき世を過ぐすかな
ひとしれずかみのゆるしをまちしまにここらつれなきよをすぐすかな
朝顔斎院 なべて世の哀ればかりを問ふからに誓ひし事と神や諫めむ
なべてよのあはればかりをとふからにちかひしこととかみやいさめむ
源氏 見し折の露忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらむ
みしをりのつゆわすられぬあさがほのはなのさかりはすきやしぬらむ
朝顔斎院 秋果てて霧の籬に結ぼほれ有るか無きかに映る朝顔
あきはててきりのまがきにむすぼほれあるかなきかにうつるあさがほ
源氏 何時の間に蓬が許と結ぼほれ雪ふる里と荒れし垣根ぞ
いつのまによもぎがもととむすぼほれゆきふるさととあれしかきねぞ
源内侍 年経れどこの契りこそ忘られぬ親の親とか言ひし一言
としふれどこのちぎりこそわすられねおやのおやとかいひしひとこと
源氏 身を変へて後も待ち見よこの世にて親を忘るる例有りやと
みをかへてのちもまちみよこのよにておやをわするるためしありやと
源氏 つれなさを昔に懲りぬ心こそ人の辛きに添へて辛けれ
つれなさをむかしにこりぬこころこそひとのつらきにそへてつらけれ
朝顔斎院 改めて何かは見えむ人の上にかかりと聞きし心変わりを
あらためてなにかはみえむひとのうへにかりとききしこころかはりを
紫上 氷閉じ石間の水は行き悩み空澄む月の影ぞ流るる
こほりとぢいしまのみづはゆきなやみそらすむつきのかげぞなかるる
源氏 かき詰めて昔恋しき雪もよに哀れを添ふる鴛鴦の浮き寝か
かきつめてむかしこひしきゆきもよにあはれをそふるをしのうきねか
源氏 とけて寝ぬ寝覚め寂しき冬の夜に結ぼほれつる夢の短さ
とけてねぬねざめさびしきふゆのよにむすぼほれつるゆめのみじかさ
源氏 亡き人を慕ふ心に任せても影見ぬ水の瀬にや纏はむ
なきひとをしたふこころにまかせてもかけみぬみづのせにやまとはむ
少女
源氏 かけきやは川瀬の波も立ち返り君が御禊の藤の窶れを
かけきやはかはせのなみもたちかへりきみがみそぎのふちのやつれを
朝顔斎院 藤衣着しは昨日と思ふ間に今日は御禊の瀬に変わる世を
ふぢごろもきしはきのふとおもふまにけふはみそぎのせにかはるよを
夕霧 小夜中に友呼び渡る雁が音にうたて吹き添ふ荻の上風
さよなかにともよひわたるかりがねにうたてふきそふをぎのうはかぜ
夕霧 紅の涙に深き袖の色を浅緑にや言ひしをるべき
くれなゐのなみだにふかきそでのいろをあさみどりにやいひしをるべき
雲居雁 色々に身の憂き程の知らるるは如何に染めける中の衣ぞ
いろいろにみのうきほどのしらるるはいかにそめけるなかのころもぞ
夕霧 霜氷うたて結べる明けくれの空かき昏し降る涙かな
しもこほりうたてむすべるあけくれのそらかきくらしふるなみだかな
夕霧 天にます豊岡姫の宮人も我が志す標を忘るな
あめにますとよをかひめのみやひともわがこころざすしめをわするな
源氏 少女子も神さびぬらし天つ袖古き世の友齢経ぬれば
をとめこもかみさびぬらしあまつそでふるきよのともよはひへぬれば
筑紫五節 掛けて言へば今日の事ぞ思ほゆる日蔭の霜の袖に解けしも
かけていへばきのふのことぞおもほゆるひかげのしものそでにとけしも
夕霧 日蔭にも知るかりけめや少女子が天の羽袖に掛けし心は
ひかげにもしるかりけめやをとめこかあまのはそでにかけしこころは
源氏 鶯の囀る声は昔にて睦れし花の蔭ぞ変はれる
うぐひすのさへつるこゑはむかしにてむつれしはなのかけぞかはれる
朱雀院 九重を霞隔つる住処にも春と告げ来る鶯の声
ここのへをかすみへたつるすみかにもはるとつげくるうぐひすのこゑ
蛍兵部卿宮 古を吹き伝へたる笛竹に囀る鳥の音さへ変はらぬ
いにしへをふきつたへたるふえたけにさへづるとりのねさへかはらぬ
冷泉帝 鶯の昔を恋ひて囀るは木伝ふ花の色や褪せたる
うぐひすのむかしをこひてさへづるはこつたふはなのいろやあせたる
秋好中宮 心から春待つ園は我が宿の紅葉を風の伝にだに見よ
こころからはるまつそのはわかやどのもみぢをかぜのつてにだにみよ
紫上 風に散る紅葉は軽し春の色を岩根の松に掛けてこそ見め
かぜにちるもみぢはかろしはるのいろをいはねのつまにかけてこそみめ