新古今和歌集の部屋

長明発心集 第一 天王寺聖隠徳事 付乞食聖事

 

 

 

 

 

天王寺聖隠徳事 付乞食聖事

近比天王寺に聖有けり。詞のすゑごとに瑠璃と云

二文字をくはへて云ければ、やがて字を名に付て瑠

璃とぞ云ける。其すがた布のつゞり紙ぎぬなむどの云ばか

りなく、ゆゝしげにやれはらめきたるを、いくら共なくきぶ

くれて布袋のきたなげなるに、こひ集めたる物をひとつに

取入て、ありき/\是を食。わらうべいくらともなく笑ひ

あなづれど更にとがめ腹立事なし。いたくせたむる時は

袋より物を取出てとらすれば童きたながりて是を

取らず捨れば、又取て入つゝ常には樣々のすぞろ事を

打云てひたすら物くるいにてなむ有ける。指てそこに

跡とめたりと見ゆる處なし。垣根木下ついぢに随ひて

夜をあかす。其比大つかと云所にやむごとなき智者あ

りけり。有時雨のふりて罷よるべき所もなければ、此

縁のかたはしに候はんと云ければ例ならずあやしふ覚へ

ながらをきつ。夜ふけて聖が云樣かくたま/\参りより

て侍べり。年來をぼつか無く思ひ給へる事どもはる

け侍らはやと云。事外に覚ゆれどよのつねの人の樣に

あひしらう程に、やう/\天台宗の法門どものゑもいはぬ

理共尋つ。又あるじあさましくめづらかに覚て夜もすが

らねず。さま/"\に問ひ答へた明ぬれば今はいとま申侍

らむとて、心にいぶかしく思給る事どもを賢くこよひ候

てはるけ侍べりぬとて去ぬ。又此事あり難く貴く

覚へけるまゝに、其あたりの人どもに語たりければ、そしり

いやしめし心を改めて、かたへは権者の疑をなしてたふ

とみなり。されど其有樣はさき/"\に露かはらず。さる事

や有けると人の問時には、うちわらひてそゞろ事にぞ云

なしける。加樣に人に知られぬる事をうるさくや思ひけん、

終には行方も知せず成にけり。年經て人語けるは、和泉

國に乞食しありきけるが、をはりには人も來よらぬ所の

大なる木のもとにした枝に佛かけ奉て、西に向て合掌

して居ながら眼をとぢてなむ有ける。其時はしれる

人も無くて後に見付たりけるなり。

又近來世に佛みやうと云乞食有けり。其もかの聖の

如く物くるひの樣にて食物は魚鳥をもきらはず、きも

のは筵こもをさへ重きつゝ、人のすがたにもあらず。逢人ごとに

必あま人法師をとこ人女人等清浄といひをかむ

わざをしければ、其を名に付てなむ見と見る人皆つた

なくゆゝしき者とのみ思けれど、實には樣ありける者にや。阿

證房と云聖をとくひにして、思かけぬ經論なむどを借

て人にも知せず懐に引入て持て行て、ひごろ經てなむ

返す事を常になんしける。終に切堤の上に西に向て

合掌端座して終にけり。此等は勝たる後世者の一の

有樣也。大隠朝市にありと云へる則是也。かく云心は

賢き人の世を背く習、我身は市の中にあれども

其德を能かくして人にもらせぬ也。山林に交り跡を

くらふするは人の中に有て德をゑかくさぬ人のふるまひ成べし。

 

 

※天王寺 大阪の四天王寺

※瑠璃 不明

※大塚 大阪市東住吉区大塚町

※権者 仏、菩薩などが衆生を救済すべく世に現れる姿で、権現、権化。

※阿證房 阿証房印西か?長楽寺の僧で、法然の弟子。建礼門院の戒師として知られる。

大隠朝市にあり 文選 王康琚 反招隠又は白氏文集52による

文選 小隠は陵藪に隠れ、大隠は朝市に隠る

白氏文集 大隠は朝市にあり、小隠は丘岳に入る大隠住朝市 小隠入丘樊 丘樊太冷落 朝市太囂諠 不如作中隠 隠在留司官 似出復似處 非忙亦非閑 

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