十訓抄第三 可侮人倫事 三ノ八 近ごろ、最勝光院に梅盛りなる春、ゆゑづきたる女房一人、釣殿の邊にたゝづみて、花を見るほどに、男法師などうちむれて入り來ければ、こちなしとや思ひけむ、歸り出でけるを、着たる薄衣の、ことのほかに黄ばみ、すすけたるを笑ひて、 花を見捨てゝ歸る猿丸 と連歌をしかけたりければ、とりあへず、 星まぼる犬の吠えるに驚きて と付けたりけり。人々恥ぢて、逃げにけり。 この女房は俊成卿の女とて、いみじき歌よみなりけるが、深く姿をやつしたりけるとぞ。