
■■■■■■■■■■■置酒歓語■■■■■■■■■■■
北条 俊彦
・経営コンサルタント・前 住友電工タイ社長
■[想い出酒」
● 験(しるし)なき物を思わずは、一杯(ひとつき)の濁れる酒を飲む
べくあらし”(大伴旅人)
最近酒は控えている。斯く言うわたくし、実は酒が大好きである。
というよりもその持つ雰囲気が大好きである。量も種類もかなり嗜
んできたが、人と酒を酌み交わすことの愉しさや、その場で出され
る料理を味わうことに重きを置いてきたように思う。
若さゆえの豪飲、年を経ての適量独酌、時には感傷的に、時には陽
気に、またロマンチックにと夫々の雰囲気を楽しんできたのである。
我が女房殿との出会いも酒が縁であった。それは遠い昔の話。
当時はサントリーリザーブは高級品であり、「達磨」即ちオールド
が一世を風靡していた時代である。梅田曾根崎にあったサントリー
バー「ローレンス」は、社会人時代の青春を過ごした場所でもある。
30年後 久方ぶりに訪れたがローレンスのママさん曰く「北條さん
変わらないわね」とお世辞にも嬉しいことを言ってくれ、懐かしい
思い出話に時を過ごしたものである。奄美大島出身のマスターは相
変らず元気らしいが、通風を煩っているとか?贅沢病なので心配な
いが、お大事に!因みに、ローレンスは今、二代目夫婦が切り盛り
している。
●30年前にはビールも洒落たビールが販売され、当時 お袋によく
それを買い置きしてもらいグイグイと飲んだものである。お袋には
感謝の気持ちで一杯、親孝行できておらず、本当に申し訳なく思っ
ている。
酒の肴で大好きなのは、何よりもお袋の作ってくれた “手羽先唐揚”
“葱焼”、“葉牛蒡の煮付”、“マカロニサラダ”が定番で、未だにそれ
を越えるものは無い。また当時はどこの家庭にもあっただろう、糠
床を使ったお袋お手製の胡瓜や茄子、大根の漬物も忘れられない。
故事ことわざに言う “糠に釘”の意味とは違い、茄子にはナスニンや
ヒアシンといった色素があり、鉄分と結びつき易いため、釘を入れ
ることで酸化を防止し、茄子の変色を防ぐ効果があるようだ。
また親父を中心に茶卓を囲み、お袋の作ってくれた一汁三菜(内一
菜は糠漬)の食事をとる風景は、当時の日本人の標準的な庶民の生
活様式であり、文化そのものであったと思う。
当時の日本人が皆そうであったように、お袋の味で育ってきた。し
かし昭和という時代はあまりにも日本を変えてしまった。今は懐か
しさとお袋への感謝の思いでいっぱいである。
■「懐かしきタイの想い出」
●バンコクにも日本と同じようにお袋の味がない。何故なら 出稼ぎで
共働きが多く(一般的に女性は男性より優秀でよく働くというのが
小生の感想)食事は出来物を買って帰り、家で食べるケースが多い。
そのためか庶民の一般アパートでは台所のない所が多いのだ。
しかし タイの北東地方(イサーン)では、今も日本の古き良き生活
様式に近い姿を見ることができる。三世代の大家族で 座卓を囲み、
各家庭独特の料理を賑やかに食する光景は、何処か懐かしさと 人間
らしさを感じさせてくれる。“食”は 心通わし喜怒哀楽を表現できる
場として人の愛情を高め且つ満たす。
また 特徴ある家庭の料理を産み出すことで、求心力と帰巣本能を 高
め家族の絆を深める行為であるとつくづく思う。イサーンでは時間は
ゆっくりと進み、人々は昔も今も変わらず自分たちの生活様式を変え
ることなく、おおらかに生きている。
●またタイの酒は彼らの生活になくてはならないものであり、ラオカ
オ(米焼酎で度数は40と高い)や、祭りのたびに各家庭で密造する酒
(サトー)をよく飲ませていただいたが、焼き鳥(ガイヤーン)を肴
に飲むタイ酒は最高である。
アンタッチャブルの世界さながら、イサーン出身の社員から里帰りの
お土産にと頂戴したサトーは、駐在中の私の愛飲酒でもあった。
イサーンでは家族の愛を肴に美味しいお酒には困らないのだ。ただタ
イにはマカブーチャ(万仏節)やヴィサカブーチャ(仏誕節)など禁
酒日があり(実際はアルコール類の販売を小売店や飲食店に対して禁
止する法律の施行)、その日だけは休肝日と捉えて我慢するしかない。
いつの日か旅人(たびと)としてイサーンの地で我が良き友と酒を愛
でる旅に出てみたいものだ。“帰りなんいざ“
■「月下独酌」
●冒頭の和歌は、飛鳥奈良時代の歌人である大伴旅人の作の中でもと
りわけ名高い、万葉集巻三に登場する、酒を讃める歌の一首である。
京師を遠く離れ隼人征伐、大宰帥と二度の九州滞在の中で歌われたも
の。旅に生き酒に人生を表現した素朴で大らかな彼の歌が私は大好き
である。
他の十二首も酒を愛する皆さんに、是非、披瀝しておきたい。
・酒の名を聖(ひじり)と負ほせし 古の大き聖の言の宜しさ
・古の七の賢(さか)しき人どもも 欲(ほ)りせし物は酒にしあらし
・賢しみと物言わむよは酒飲みて 酔哭(ゑいなき)するし勝りたるらし
・言はむすべ為むすべ知らに極まりて 貴き物は酒にしあらし
・中々に人とあらずは酒壺に 成りてしかも酒に染みなむ
・あな醜(みにく)賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似む
・価(あたひ)なき宝といふとも一杯の濁れる酒にあに勝らぬや
・夜光る玉といふとも酒飲みて心を遺るにあに及(し)かめやも
・世間(よのなか)の遊びの道に治(あまね)きは酔哭するにありぬべからし
・今代(このよ)にし楽しくあらば来世(こむよ)には虫に鳥にも吾は成りなむ
・生まるれば遂にも死ぬるものにあれば今生なる間は楽しくを有らな
・黙然(もだ)居りて賢しらするは酒飲みて酔泣くするになほ及かずけり
旅は我が師、酒は我が友、月下独酌、タイをしぞ思う。
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