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ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-20

2006-11-06 22:51:25 | 旅行記
 さて、再び「Butelia Liberata」に戻ろう。
ケッフェル118であるから、モーツァルトにとっては初期の作品。
言語がイタリア語、パンフレットの逐語翻訳はドイツ語と言う訳で、内容はさっぱり解らなかった。
 ただ、パンフレットには、あらすじが英語で書いてあったので、それを少し紹介すると、早い話が、オロフェルネが率いるアッシリアの軍隊に占領され、病苦に悩まされているButeliaという都市に自由(Liberata)をもたらす、イスラエルの巫女アミタルとButeliaの司祭オツィアの話、と言うところか?(あまり早い話ではなかったが)
 ストーリーを御存知の方はコメントしてください。(もしかして、とんでもない誤訳をしているかも知れません)

 音楽的には、たとえばバッハのオラトリオ「マタイ受難曲」のように、ソリストがストーリーを語り、通奏低音(チェンバロ)がブリッジ音楽的に短くつなぎ、コーラスが受けるという、終始定型的な進め方であり、オペラというよりそれこそ「オラトリオ」のような雰囲気であった。

 なお、バッハはオペラを書かなかったが、「マタイ受難曲」などは、評論家の中には「オペラそのものである」という見解もあるようだ。キリストの受難の明確なストーリーを複数の登場人物が演じるのであるから。

 解説パンフの英文によると、最初は14才のとき(1771年)にオラトリオとして「Butelia Liberata」を作曲したことが手紙に3回に亘って触れられているという。 
そして1784年にウィーン音楽協会の依頼を受けて旧作の掘り起こしを行なって、オペラ化したということらしい。 オラトリオみたいな感じであるのは、間違いではなかった。

 有名なモーツァルトの後期のオペラとは全く異なるものであった。
途中一回の休憩を取り、午後11時終了。
昨日、長らくバスを待たされた挙句、歩いて帰ったことを“教訓に”この日は、会場を出てそのままホテル・ドライクロイツまで歩いた。

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ザルツブルグにモーツァルトを訪ねて-20
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