途中でカラスがやってきましたが追い払いしばらくいました。
最近起こった事件に、人気上昇中の広島出身で、殆ど耳が聞こえないとされていた作曲家が、実際は数ヶ月前から聞こえるようになったということで、ゴーストライターが暴露したという内容であった。本人のお詫びとするコメントが出され、暴露したゴーストライターの発言との食い違いも明らかにされている。音が聞こえなくなると殆どの場合元に戻らないということらしい。耳の障害者が手話を使って会話しているのを見ると、耳が聞こえないということは話せても音程が調整できないので発声することも不自由になる。この話を聞いてどうもしっくりしない気持ちになっている。
普通は時間の経過と共に症状が悪化の方向へ行くのだが、つまり障害の等級も上がる。
しかし、時間経過と共に症状が改善され、回復に向かうのが悪いこととして見られてしまうのはどうしたことであろうか、不思議でならない。
技術や研究の成果で、補聴器、良薬ばかりでなく、人工骨、人工皮膚など再生医療について、うれしいニュースも飛び込んできている。IPS細胞など今後も更に発展が期待されている。サイボーグではないが、欠損した部位を人工的に補うことによって、機能の回復が得られ、正常に近づいていくこと等、様々な分野で取り組まれている。障害者として一度認定されたとしても、再生の可能性に道が開けることに期待し、諦めていたことが実現できることを願望している。
生まれつき障害を持っていれば、また、正常な人が何かの原因で障害を持ち、身体障害者として認定を受ければ、障害者手帳が交付され、いろいろな便宜を受けることが出来る社会である。税金の免除や交通費の負担軽減、障害者年金も支給される。改善すれば障害程度が変わり、それに応じた便宜が受けられればよいのであって、不治の病が少なくなるに越したことはない。
障害者の認定制度の見直しも必要であるが、今回の事件はどうも偽証云々というきな臭さが感じられる。偽証罪に問われそうな健常者から障害者となった原因がどうも曖昧である。更に、ベートーベンの例があるが、歴史上のこともあり、検証不可能である。通常、音を聞くことが出来なくなって、高度な作曲を手がけることが可能であったことも疑惑を晴らすべき明確な説明が欲しい。