埼玉県深谷市にある
吉祥寺の住職のブログ
イチョウの下のよもやま話
遊戯(ゆげ)三昧(ざんまい) (その1)
遊戯三昧
遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ
平成25年歳首に當たり、謹んで至心に三宝を誦し、
併せて 檀信徒の皆様の 御清祥を 心よりお祈り申し上げます。
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今年の年頭のご挨拶です。
中瀬外の方には郵送で、
中瀬内の方には 歩いてお配りした お札と共に
お渡ししました。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
またひとつ 年を重ねる事ができました。
ありがたい事です。
ただ、世の中の移り変わりが あまりに早く、
自分の周りの様子も どんどん変化していき、
それらについていけない自分に 不安を感じてしまいます。
東京スカイツリーの開業や
関越自動車道高速バスの事故から
まだ 一年が経っていない事、
吉祥寺の合奏墓の開眼や ホームページの開設から
まだ一年が経っていない事・・・、
その後の目まぐるしい出来事を思うと、
これ等ははるか昔の事のように思えてしまいます。
夢のように 時は流れていきます。
昨年のNHK大河ドラマ『平清盛』の主題歌に出てくる
「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ」の歌詞は、
平安時代後期の 後白河法皇の『梁塵秘抄』の中にありますが、
この歌詞と彼の曲は、
時の流れの速さに疲れ、混乱し、不安にあった私の心に、
いつも 一陣の爽やかな癒しの風を感じさせてくれます。
民俗学では、遊びとは
「本来 神を楽しませ、神と人の交歓を行なうもの。
また、先祖の魂を揺さぶり、蘇生を願うもの」
「神を祀って喜ばせていたものが、
やがて 人間が統帥の境地に入る事を言うようになった。
すなわち 遊びは 聖なるものの模倣である」
「遊びは
楽しみを求める事と、
ゆったりとくつろいだ気分になる事を求める事の
二面性がある」
などと解説しています。
仏教辞典を引いてみると、
「遊戯(ゆげ)とは、
菩薩の自由自在な活動、仏の境地に模して
それを喜び楽しみ、心のままに自由である事。
自由自在に諸方を行き来して 人々を教化する事」
と ありました。
「あそび」とは、
現代的な印象としての「怠惰」に通じるものでは 決してなく、
自由と喜びの ゆったりした楽しい事のようです。
そして、むしろ 神聖なもののようです。
自分は なぜ 生れてきたんだろう?
自分の人生は なんなんだろう?
自分は これから 何処へ向かっていけばいいんだろう?
そんなふうに考え込んでしまった時は、
「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ」
と口ずさんで、
取り敢えずは 自分というものを
神さまや仏さまに お預けしてみましょうか。
少~し 楽になれそうな気がします。
檀信徒の皆さんに 幸多からん事を
心からお祈り申しあげます。
新年祈祷札について
◎戸守り
◎本山札
◎吉祥寺オリジナル本革製しおり ~ 11種類の色があります。
今年、良い本に巡り合えますように。
また、心が沈みそうな時の、元気になれるお守りとしても
携帯してみてください。
☆当山のものであるなしにかかわらず、古いお札、お塔婆等は
お焚き上げ供養をします。
お申し出下さい。
平成25年 年回繰出表
一周忌・・・・・平成24年
三回忌・・・・・平成23年
七回忌・・・・・平成19年
十三回忌・・・・平成13年
十七回忌・・・・平成9年
二十三回忌・・・平成3年
二十七回忌・・・昭和62年
三十三回忌・・・昭和56年
三十七回忌・・・昭和52年
五十回忌・・・・昭和39年
百回・・・・・・大正3年
※以下 五十年毎が年回忌です。
(この他、二十一回忌・二十五回忌 等を行なう場合もあります。)
※本年、年回御霊のあるお施主様には、
別紙にて その旨お知らせさせていただきます。
長くなりそうです。
今日は、ここまで!
遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ
平成25年歳首に當たり、謹んで至心に三宝を誦し、
併せて 檀信徒の皆様の 御清祥を 心よりお祈り申し上げます。
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今年の年頭のご挨拶です。
中瀬外の方には郵送で、
中瀬内の方には 歩いてお配りした お札と共に
お渡ししました。
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またひとつ 年を重ねる事ができました。
ありがたい事です。
ただ、世の中の移り変わりが あまりに早く、
自分の周りの様子も どんどん変化していき、
それらについていけない自分に 不安を感じてしまいます。
東京スカイツリーの開業や
関越自動車道高速バスの事故から
まだ 一年が経っていない事、
吉祥寺の合奏墓の開眼や ホームページの開設から
まだ一年が経っていない事・・・、
その後の目まぐるしい出来事を思うと、
これ等ははるか昔の事のように思えてしまいます。
夢のように 時は流れていきます。
昨年のNHK大河ドラマ『平清盛』の主題歌に出てくる
「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ」の歌詞は、
平安時代後期の 後白河法皇の『梁塵秘抄』の中にありますが、
この歌詞と彼の曲は、
時の流れの速さに疲れ、混乱し、不安にあった私の心に、
いつも 一陣の爽やかな癒しの風を感じさせてくれます。
民俗学では、遊びとは
「本来 神を楽しませ、神と人の交歓を行なうもの。
また、先祖の魂を揺さぶり、蘇生を願うもの」
「神を祀って喜ばせていたものが、
やがて 人間が統帥の境地に入る事を言うようになった。
すなわち 遊びは 聖なるものの模倣である」
「遊びは
楽しみを求める事と、
ゆったりとくつろいだ気分になる事を求める事の
二面性がある」
などと解説しています。
仏教辞典を引いてみると、
「遊戯(ゆげ)とは、
菩薩の自由自在な活動、仏の境地に模して
それを喜び楽しみ、心のままに自由である事。
自由自在に諸方を行き来して 人々を教化する事」
と ありました。
「あそび」とは、
現代的な印象としての「怠惰」に通じるものでは 決してなく、
自由と喜びの ゆったりした楽しい事のようです。
そして、むしろ 神聖なもののようです。
自分は なぜ 生れてきたんだろう?
自分の人生は なんなんだろう?
自分は これから 何処へ向かっていけばいいんだろう?
そんなふうに考え込んでしまった時は、
「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ」
と口ずさんで、
取り敢えずは 自分というものを
神さまや仏さまに お預けしてみましょうか。
少~し 楽になれそうな気がします。
檀信徒の皆さんに 幸多からん事を
心からお祈り申しあげます。
新年祈祷札について
◎戸守り
◎本山札
◎吉祥寺オリジナル本革製しおり ~ 11種類の色があります。
今年、良い本に巡り合えますように。
また、心が沈みそうな時の、元気になれるお守りとしても
携帯してみてください。
☆当山のものであるなしにかかわらず、古いお札、お塔婆等は
お焚き上げ供養をします。
お申し出下さい。
平成25年 年回繰出表
一周忌・・・・・平成24年
三回忌・・・・・平成23年
七回忌・・・・・平成19年
十三回忌・・・・平成13年
十七回忌・・・・平成9年
二十三回忌・・・平成3年
二十七回忌・・・昭和62年
三十三回忌・・・昭和56年
三十七回忌・・・昭和52年
五十回忌・・・・昭和39年
百回・・・・・・大正3年
※以下 五十年毎が年回忌です。
(この他、二十一回忌・二十五回忌 等を行なう場合もあります。)
※本年、年回御霊のあるお施主様には、
別紙にて その旨お知らせさせていただきます。
長くなりそうです。
今日は、ここまで!
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