伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

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ジャコシカ118

2019-05-17 01:13:54 | ジャコシカ・・・小説
 北国の冬の厳しさは、もう充分に味わってきたつもりだった。マイナス20度の中での山仕事の

辛さを味わったし、つららが軒下まで着く漁港の魚加工場では、終日の水仕事をやった。

 川も湖も凍り、海さえも氷で閉ざされる冬だって知っている。

 しかし、ここの冬はまた格別だ。

 多分、この山と崖と海に閉じこめられた、巌谷(いわや)のような入江のせいだろう。

 その入江の奥で、来る日も来る日も網針を使ったり、鈎結びをやっているせいだろう。

 囚われていると思っている訳でもないし、逃れたいと願っている訳でもない。

 ただ胃の腑の奥に、空の部分があるのを感じる。空腹だという訳でもないのだが、何かひもじい

ような気がするのだ。

 気が付けばそれは今始まった感覚ではない。

 あまりに長い間、知覚し続けたためすっかり慣れてしまい、常態となり、今では何も感じなくな

っていたのかも知れない。

 いや感じないように用心深く、狡猾に生きてきたからかも知れない。

 その閉じ込められた意識が、この入江で轟き始めている。

 どうにも気持ちが沈み物悲しい。

 自分の体が砂のように崩れて波に運ばれれ、深い海の底に沈んで行く。

 空腹感だけが鎮まりもせず残っている。


 2月の終わりに近づいたある晴れた日、鉄さんは海を眺めて言った。

 「街に行くぞ」

 高志は揺すられて、長い夢から醒めた気がした。
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