北国の冬の厳しさは、もう充分に味わってきたつもりだった。マイナス20度の中での山仕事の
辛さを味わったし、つららが軒下まで着く漁港の魚加工場では、終日の水仕事をやった。
川も湖も凍り、海さえも氷で閉ざされる冬だって知っている。
しかし、ここの冬はまた格別だ。
多分、この山と崖と海に閉じこめられた、巌谷(いわや)のような入江のせいだろう。
その入江の奥で、来る日も来る日も網針を使ったり、鈎結びをやっているせいだろう。
囚われていると思っている訳でもないし、逃れたいと願っている訳でもない。
ただ胃の腑の奥に、空の部分があるのを感じる。空腹だという訳でもないのだが、何かひもじい
ような気がするのだ。
気が付けばそれは今始まった感覚ではない。
あまりに長い間、知覚し続けたためすっかり慣れてしまい、常態となり、今では何も感じなくな
っていたのかも知れない。
いや感じないように用心深く、狡猾に生きてきたからかも知れない。
その閉じ込められた意識が、この入江で轟き始めている。
どうにも気持ちが沈み物悲しい。
自分の体が砂のように崩れて波に運ばれれ、深い海の底に沈んで行く。
空腹感だけが鎮まりもせず残っている。
2月の終わりに近づいたある晴れた日、鉄さんは海を眺めて言った。
「街に行くぞ」
高志は揺すられて、長い夢から醒めた気がした。
辛さを味わったし、つららが軒下まで着く漁港の魚加工場では、終日の水仕事をやった。
川も湖も凍り、海さえも氷で閉ざされる冬だって知っている。
しかし、ここの冬はまた格別だ。
多分、この山と崖と海に閉じこめられた、巌谷(いわや)のような入江のせいだろう。
その入江の奥で、来る日も来る日も網針を使ったり、鈎結びをやっているせいだろう。
囚われていると思っている訳でもないし、逃れたいと願っている訳でもない。
ただ胃の腑の奥に、空の部分があるのを感じる。空腹だという訳でもないのだが、何かひもじい
ような気がするのだ。
気が付けばそれは今始まった感覚ではない。
あまりに長い間、知覚し続けたためすっかり慣れてしまい、常態となり、今では何も感じなくな
っていたのかも知れない。
いや感じないように用心深く、狡猾に生きてきたからかも知れない。
その閉じ込められた意識が、この入江で轟き始めている。
どうにも気持ちが沈み物悲しい。
自分の体が砂のように崩れて波に運ばれれ、深い海の底に沈んで行く。
空腹感だけが鎮まりもせず残っている。
2月の終わりに近づいたある晴れた日、鉄さんは海を眺めて言った。
「街に行くぞ」
高志は揺すられて、長い夢から醒めた気がした。