高志だけでなく鉄さんまで、何だか落ち着かない。二人とも突然自分の家が、よその家になった
錯覚に捉われ、一行が帰るとほっとして、暫くはぼんやりしていた。
窓の外を見ると、海の色は確かに春の訪れの気配があった。
十三
日が暑くなった。
4月に入ると北国も、さすがにぽかぽかと暖かい日が多くなる。
ラジオでは本州の桜前線の北上が、連日伝えられている。梅の便りなど早くも忘れられている。
峠にはまだ雪が残るが、入江では渚の砂浜から家までは、もう枯草の間から若草が拡がり、裏山
の樹々の根株からは、柔らかな土が丸く顔を出している。
既にトンネル口の駅までの小径は、土も乾いている。
入江の日溜まりには蕗のとうも顔を出した。
海の色は日毎に、明るさを増し、重い鉛色は海の底に澱(おり)となって、沈んで行ってしまったようだ。
鉄五郎と高志は、海に出る日が多くなった。
漁は延縄による根魚狙いだが、獲物はそのまま漁港に上げて、昼食は港の食堂で済まし、午後に
は入江に戻っている。
それからはまた次の日の漁の準備だ。
港から戻り船を繋留していたら、駅からの斜面の道を下りてくる人影が見えた。
高志はここに来て初めての、駅からの訪問者を、不思議な生き物を見る眼で見ていた。
鉄さんも手を止めて、じっと眺めている。
錯覚に捉われ、一行が帰るとほっとして、暫くはぼんやりしていた。
窓の外を見ると、海の色は確かに春の訪れの気配があった。
十三
日が暑くなった。
4月に入ると北国も、さすがにぽかぽかと暖かい日が多くなる。
ラジオでは本州の桜前線の北上が、連日伝えられている。梅の便りなど早くも忘れられている。
峠にはまだ雪が残るが、入江では渚の砂浜から家までは、もう枯草の間から若草が拡がり、裏山
の樹々の根株からは、柔らかな土が丸く顔を出している。
既にトンネル口の駅までの小径は、土も乾いている。
入江の日溜まりには蕗のとうも顔を出した。
海の色は日毎に、明るさを増し、重い鉛色は海の底に澱(おり)となって、沈んで行ってしまったようだ。
鉄五郎と高志は、海に出る日が多くなった。
漁は延縄による根魚狙いだが、獲物はそのまま漁港に上げて、昼食は港の食堂で済まし、午後に
は入江に戻っている。
それからはまた次の日の漁の準備だ。
港から戻り船を繋留していたら、駅からの斜面の道を下りてくる人影が見えた。
高志はここに来て初めての、駅からの訪問者を、不思議な生き物を見る眼で見ていた。
鉄さんも手を止めて、じっと眺めている。