皆がその恐怖を抱えて、相手の隙を狙っている。
志乃はそうやって優美を追い落とした。
「高輪の店に強力な梃入れが必要になった。優美さんを貸してくれ。あの店を助て欲しい」
桐山社長からの言葉の本当の意味を、優美さんは正確に理解しただろうか。やはり、社長と志乃
の関係を自分は伝えるべきだったろうか。
いや、多分その必要はなかったと思う。
彼女が気付かないはずはない。
それに志乃は一旦攻撃に出たら、やんわりとやる正確ではない。
恐らくはあからさまに、一気に潰しにかかったのだ。
だから優美は気付いたときは、手遅れだったに違いない。係争に持ちこんだ店の営業権もデザイ
ンやブランドの権利も、彼女は失うかも知れない。
かと言って潰れかけた高輪の店と心中など飲めるはずもない。
優美さんが長びく法廷闘争に持ちこんだことで、彼女に組みする形になった自分も職場を失い、
この先の見通しもないままに、あっと言う間に振り出しに戻されてしまった。
戦後間もないひ弱なこの業界で、成功者の桐山に敵対して生きていくのは容易ではない。
それもこれも志乃という、たった一人の自分よりも若い女の仕掛けた争いだと思うと、怒りより
も力が萎える。
私がそうなら優美さんの気持ちは、いかばかりかと思うと暗澹たる思いだ。
しかし、元を糺せば男と女の関係で始まったことに、問題の根っこはあるのだ。
そのことに思い至れば、何ということもない、余りにありふれた争いなのだ。
あやは所詮は志乃の敵ではないことを、認めざるを得なかった。