玄関に立ったあやを見て、猛もトキさんも飛び上がらんばかりに驚いて声を上げた。
それからはもう悲鳴に近いトキさんの声と猛の高い笑い声がごっちゃになって家中に響いた。
叫騒が収まると皆がへたりと座りこんで、今度は互いに言葉を忘れたように見詰め合った。
清子と千恵にとつては、あやは共に育った姉妹であったが、猛やトキさんにとっては我が子だっ
た。
そのことをあやは改めて思い知らされた。
どうしても泊っていけと言う皆に、鉄さんが心配するから今日のところは失礼させてくれと、哀
願するばかりに訴えて、あやは何とか最終の汽車で帰ることができた。
暗い坂道を借りた懐中電灯で、心もとなく足元を照らしながら、入江の家に辿り着いた時、あや
はこんなにも長い一日を経験したことはなかったと思った。
疲労が全身に重くのしかかり、今にも圧し潰されそうになっていた。
十四
5月に入って間もなく、清子と千恵が入江の家を訪ねて来た。
あやと二人にとっては、10年ぶりに街で会ってから、3度目の顔合わせになる。
あの後すぐに鉄さんと高志を誘って、改めてみやげを持って赤間家を訪れていた。
終始後ろめたい気持ちに捉われながらの訪問だったが、2度目の顔合わせで、あやはようやく心
が解けていくのを覚えた。
それと同時にここで過ごした子供の頃の沢山の思い出が、堰を切ったように甦った。
一度扉が開いてしまうと見えてくるのは、頑でがむしゃらな前ばかりを見ていた自分の姿だっ
た。