
気持ちを整える美容院
混みあっている市場の真ん中に小さな美容院がありました。
客足がとだえた時間、美容室の主人はけだるい気分でしばしの余裕を楽しんでいました。その時、ドアを開いて一人の男が入って来ました。
すごく怒ったような表情でつかつかと入ってきた男は、主人が席を勧める前に勝手に椅子に座りました。
「さっぱりと丸坊主にしてください。」
「えっ。」
「丸坊主にしてください。」
男は怒りをあらわにして言い放しました。その時、やっと女主人は、この怒っている男性が近所の人だということが分かりました。
おそらく何か面白くないことがあったようです。
「どうしたのかしら。」
意のままに事が運ばないので髪の毛に八つ当たりをしているのだと、女主人は長年の経験で分かりました。
だから、はさみを持つ前に、コーヒーを入れて勧めました。
そして、彼がコーヒーを飲んでいる間、言葉をかけました。コーヒーを飲んだ男は少し落ち着いたのか、一息ついて話し出しました。
「まったく、取り付く島もありゃしない。」
事情はこうでした。一ヶ月前に職場を解雇され、それまですごく良くしてくれていた妻が、話をしても無視してかんしゃくを起こしているということでした。
「ならば髪をさっぱり刈ってしまうのではなくて短く整えてはどうですか。でなければ、ちょっと、炒めてパーマでもかけるとか、、、。」
「えっ、炒める?ほほ。」
炒めるという言葉に、予想通り笑い出した男は、丸坊主にするという注文を取り消しました。
「ただ、新入社員のように短く刈ってください。いずれにしても髪の毛よりも人の気持ちをちゃんと整えてくれるのですね。」
「私が、そんなことしました?ほほ、、、」
世の中で一番素敵な褒め言葉に女主人は幸せな気持ちになり、怒りにあふれて入ってきた男はしばらくして10才は若くなった姿で美容院を出て行きました。