油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

ポケット一杯のラブ。  (2)

2024-03-08 12:53:26 | 小説
 Yは長い間、とても恥ずかしがり屋だった。

 それがどうしたことか、M子とともに郵便
局で会って以来、人が変わったように明るく
なった。

 それでも、なかなか一歩進んでM子と話せ
ないでいた。

 M子が腰を痛めたことを聞き、とても気に
していたが、自らすすんで彼女にからだの具
合をたずねることができなかった。

 さいわいにして、主任のNさんが後押しが
あったから、休憩室に来たようなもの。
 そうでなければ、Yはずっと行くか行くま
いかと悩んでいたことだろう。

 YがM子のあとに従っていく。
 「ありがとうね。わたしはだいじょうぶだ
から、あなた持ち場にもどって。ゆっくり歩
いてくから。心配しないで」
 「うん」

 M子にそういわれると、Yは小さくうなず
き、くるりと方向を変えた。
 しかし、M子のことが気になる。

  Yは立ち止まり、振り返った。
 M子の後ろ姿がゆらゆらしている。
 赤い乗用車が走って行き、M子のそばすれ
すれに通り過ぎて行く。

 歩道のない道路だ。
 バスの停留所まで、五十メートルくらいの
道のりがあった。

 Yは考えを変えた。
 わっとばかりにM子のあとを追った。

 M子とは家も近く、Yは幼いころから彼女
となじんだ。
 誕生会に呼んでもらったり、ままごと遊び
に加わったりしていた。

 小学校の高学年になってからだろう。
 YはM子を意識しだした。
 中学一年でクラスが違ってしまった。

 Yの足音を聞いてM子が立ち止まり、首を
まわした。
 Yを見て、M子がくすっと笑った。

 「なあに、あたしがいいって、エスコート
しないでいいわって、いってるじゃない。そ
んなにあわてて、あなたも家に帰るつもりな
の」
 Yは答えず、首を横に振った。

 ふいにM子は、あらっと言って、スカート
の左ポケットから携帯を取り出した。
 「もうこんな時間、急がないと乗り遅れる」
 M子は再び、よろよろと歩きだした。

 折からのギラギラした陽ざしに、彼女の額
に大粒の汗がにじんだ。
 白いシャツに襟もとの紅いタイが映える。
 YはM子のあとをゆっくりと追った。

 小さいころから、Yは子どもらしい天真爛
漫さに欠けた。
 いつも表情が暗い。
 おどおどしている姿が、印象的だった。

 M子とは家が近く、同じ幼稚園に通った。
 わきにプロントザウルスの漫画が描かれた
バスがYの家の前の路側帯で停まると、ふた
りして乗り込んだ。

 Yの母親のそばには、いつも彼女の義母の
姿があった。

 「おはようございます。お宅の娘さんはい
つも明るくて、はきはきしていらっしゃる」

 Yの母親が、見るからに古い家から出て来
て、しきりに後ろを気にしながら、そう切り
出す。

 「お宅の息子さんだって、大丈夫。Yくん
っておとなしそうだけど、とっても優しいと
ころがあるんだって。いつも娘が感心してま
すわよ」
 M子の母親が小声でそう答えた。

 (何でもはきはきとして率直な子が多い世
の中なのに、どうしてうちの子はこんなに暗
いのだろう)

 Yの寡黙なところが、彼の母親の頭痛のた
ねだった。
 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする