油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

若がえる。  (1)

2023-11-24 21:52:33 | 小説
 名古屋駅で四人の女たちが乗り込んで来て
から車両はまるで一個の生き物のよう、彼女
らのおしゃべりに合わせ、横揺れがひどくなっ
たり、いくつもの車輪の轟が大きくなった。
 ふたりはいずれもMと同い年くらい、ほか
のふたりはふたつみっつ上のようにみえる。
 「ここよ、ここ、間違いないわ」
 「ああら、おにいさんの近くなのね。切符
売りの方も粋なことをなさること」
 先頭に立つ女の一声で、あとに続く女たち
が次々に勝手なことを言い出す。
 (おにいさんって、ひょっとして、俺のこ
となんだ……)
 Mは顔を上げ、車内をみまわす。
 幼子と出会ったおかげで活気づいた、郷愁
の念に似た感情がみるみるしぼんでいく。
 あと少しで午睡できそうだったのにとくや
しくて唇をかんでからチッチッと舌打ちした。
 彼女らに少しばかりの反抗の意思を示して
やらねば気が済まなかった。
 侮られているにもかかわらず、ぽっと顔が
赤らんでしまうじぶんを情けなく思った。
 彼女らに悟られてしまってはと、さっとわ
きを向いた。
 「なんだかこの人あたしたちのこと、意識
してるみたいよ」
 「へえ、いまどきそんなうぶな男の人って
いるんだ。ちらっと観ればあたしたちと同じ
くらいじゃないのよ」
 「うん、うん」
 誰がどのセリフをしゃべっているのか知れ
ない。誰にせよ、そんなことは問題ではない。
 (顔がちがうだけで、女の人ってみんなお
んなじようだ)
 確信に似たそんな思いにMはひたった。
 ジャケットの内ポケットから、チュウイン
ガムを一枚取り出して口にいれた。
 ペパーミントの香りが、ともすればやけに
なりそうな気分をほぐしてくれる。
 「ちょっと聞こえてるみたいよ。あの人お
となしい人みたいだから声をあらげないのよ。
もういい加減にしましょ。旅の恥はかき捨てっ
ていうけどね」
 「うんそうね。ごめんごめん。あんまりは
しゃぐと、初老女の名がすたるってものだも
のね」
 「あああ、それにしてもやっとよ。この列
車に乗るまでにバスに乗ったり、名鉄に乗り
換えたりでずいぶん手間がかかった。でもこ
れでやっと落ち着けるわ」
 彼女らは持っている荷物を棚にのせ終える
と二人掛けの座席を向かい合わせにし始めた。
 馴れないのか、半回転したところで座席が
動かなくなり、彼らのうちのひとりが座席の
裏をのぞきこんだ。
 Mの視線と彼女の視線がからんだ時、Mは
思いきって立ち上がった。
 下腹に力をこめる。
 「どれどれ、このおにいさんが代わりにやっ
てさしあげましょう」
 彼女らがどよめく。
 「すみません。勝手なことばかりしゃべっ
ていて……」
 「はい、はい。いいですよ。旅は道連れと
申しますから」 
 列車はいつの間にか、松の生い茂る海岸べ
りを走行していた。
 はるか前方の山なみの上に、いただきがほ
んの少し白い三角形の山が見えてきた。
 どっしりしている。
 (ああ、あれが……、さすが日本一だ)
 Mの腹の虫がぐうぐう鳴きだした。
 今朝早くの旅立ちで、食事もままならなかっ
たことを思い出した。
 横揺れの激しい車内である。
 細腕にもかかわらず、重い荷物を、よろめ
く車に乗せ、はるばるとやってきた販売係り
若い女の人に、
 「すみません。お弁当ください」
 Mはうわずった声をだした。
 

 
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1 コメント

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Unknown (sunnylake279)
2023-11-25 09:41:28
おはようございます。
静かだった車内が、おばさんたちの登場で、一気に賑やかになった様子が、ありありと目に浮かぶようです。
おしゃべりは、女性の特権みたいなものですよね。
楽しそうでよかったです。
Mの細やかな心情の変化もはっきり伝わってきました。
いつもありがとうございます。
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