あれやこれやと大小の荷物を車内に積み
込んでから、最後に家の戸締りを確認し終
え、ようやくの出発となった。
「忘れ物はないかな」
種吉のことばに、しばらく、ほかの四人
が沈思黙考。
「あんた、えらそうなこと言ってるけど。
自分はどうなんだい?いつだって忘れ物の
常習犯じゃないの。それにさ、運転するっ
ていうけど、大丈夫かい。ちゃんと目がさ
めてるんだろね。夕べは遅くまで起きてた
みたいだったけど。居眠り運転なんていや
だからね。高速なんだから、事故起こした
ら、即、あの世行きだよ」
「まったく縁起でもない。それじゃいわ
してもらうけど。自分はどうなんだい。出
ずっぱりで、家のことはいつだっておろそ
かだろ。プータローのえさはどうだい。ちゃ
んと誰かにたのんどいたかな?帰宅したら、
プータローがいなくなってた、ってことに
ななきゃいいが」
妻に向かって、めったに文句をいわない
種吉だが、この日はめずらしく、いきがっ
てみせた。
「あんたに言われないでも、隣の奥さん
に、よおく頼んでおきました。男のくせに
ほんとにうるさいったらありゃしない。あ
んたね。塾の生徒に、休むってちゃんと連
絡しといたんだろね」
種吉の顔色が暗くなった。
「ああそうか。そうだったな……。もう
おれとしたことが……」
「ほらごらん。いわんこっちゃない。人
のことをとやかく言わないこと。なにより
先に自分をふりかえってみること」
「ああそうやね、ごもっとも。えらいす
んまへん。わたしがわるうございました」
種吉はせっぱつまった時に、よく生まれ
故郷のことばで応じることがある。
できるだけ気持ちよく出発したい。出が
けにごたごたは禁物だ。
そう考えた三男は、つくり笑顔で、
「まあまあ、ふたりともそれくらいにし
ておいてよ。子どもにとっては聞きづらい
しね。お父さん、おれが最初に運転するか
ら休んでいて」
先陣を切って走るからと宣言する彼の方
を種吉はちらりと見やったが、すぐにあら
ぬ方を向いた。
目がしらがじんとする。
最寄りのインターに向け、車は軽快なエ
ンジン音をたてながら走り出し、北関東道
にのったところで、助手席の種吉はそっと
目を閉じた。
(久しぶりにふるさとの土を踏める)
そう思うと、生まれ育った土地の風景が
つぎつぎに浮かんできて、たまらない思い
になった。
たとえ行きついたところで、彼が描いて
いる景色が見られないのはわかっている。
胸に抱いている風景は、半世紀以上も前
のものだからだ。
それでも故郷は生まれ育ったところ。
考えただけでも、胸のあたりがじわりと
ぬくもる。
息子は、機敏に他の車をさけようと、右
に左に進路を変更しながら、運転していく。
九十キロはかるくオーバー。
(おれは大丈夫だろうか。きちんと運転
できるだろうか)
種吉は車窓をすばやく流れ去る景色を見
つめながら思った。
「運転さ、ひとりでやろうとしないでな。
疲れたらすぐ変わるから」
種吉はまっすぐ前を見ている三男に、や
さしく声をかけた。
緊張で手が汗ばむのか、しきりに上着の
袖でふく。
「ああ、わかってるよ」
連休の初日。
次第に車が増えてくる。
男が四人いても、実際に運転するのはたっ
たふたり。
彼らはぺーパードライバー同然だ。
これから先のことを考えると、種吉のお
なかがしくしく痛み始めた。
せっかくのうれしさ、楽しさが、たちま
ち半減してしまう。
三番目の息子は、きょうだいの中でいち
ばん育てるのに手こずったが、いちばんひ
との面倒見がいい。
その原因のひとつに、祖父母との同居が
あったのではないか、と種吉は思う。
とりわけ祖母は身体が弱く、かみさんや
彼女のきょうだいたちがかいがいしく世話
していた。
十数時間後のハッピーな気分を得るため
には、これからいくつもの難関をクリアし
なくてはならなかった。
この遠距離ドライブは運動会の障害物競
争のようなもの、まあむりせず、楽しくや
ろう、と種吉は思った。
込んでから、最後に家の戸締りを確認し終
え、ようやくの出発となった。
「忘れ物はないかな」
種吉のことばに、しばらく、ほかの四人
が沈思黙考。
「あんた、えらそうなこと言ってるけど。
自分はどうなんだい?いつだって忘れ物の
常習犯じゃないの。それにさ、運転するっ
ていうけど、大丈夫かい。ちゃんと目がさ
めてるんだろね。夕べは遅くまで起きてた
みたいだったけど。居眠り運転なんていや
だからね。高速なんだから、事故起こした
ら、即、あの世行きだよ」
「まったく縁起でもない。それじゃいわ
してもらうけど。自分はどうなんだい。出
ずっぱりで、家のことはいつだっておろそ
かだろ。プータローのえさはどうだい。ちゃ
んと誰かにたのんどいたかな?帰宅したら、
プータローがいなくなってた、ってことに
ななきゃいいが」
妻に向かって、めったに文句をいわない
種吉だが、この日はめずらしく、いきがっ
てみせた。
「あんたに言われないでも、隣の奥さん
に、よおく頼んでおきました。男のくせに
ほんとにうるさいったらありゃしない。あ
んたね。塾の生徒に、休むってちゃんと連
絡しといたんだろね」
種吉の顔色が暗くなった。
「ああそうか。そうだったな……。もう
おれとしたことが……」
「ほらごらん。いわんこっちゃない。人
のことをとやかく言わないこと。なにより
先に自分をふりかえってみること」
「ああそうやね、ごもっとも。えらいす
んまへん。わたしがわるうございました」
種吉はせっぱつまった時に、よく生まれ
故郷のことばで応じることがある。
できるだけ気持ちよく出発したい。出が
けにごたごたは禁物だ。
そう考えた三男は、つくり笑顔で、
「まあまあ、ふたりともそれくらいにし
ておいてよ。子どもにとっては聞きづらい
しね。お父さん、おれが最初に運転するか
ら休んでいて」
先陣を切って走るからと宣言する彼の方
を種吉はちらりと見やったが、すぐにあら
ぬ方を向いた。
目がしらがじんとする。
最寄りのインターに向け、車は軽快なエ
ンジン音をたてながら走り出し、北関東道
にのったところで、助手席の種吉はそっと
目を閉じた。
(久しぶりにふるさとの土を踏める)
そう思うと、生まれ育った土地の風景が
つぎつぎに浮かんできて、たまらない思い
になった。
たとえ行きついたところで、彼が描いて
いる景色が見られないのはわかっている。
胸に抱いている風景は、半世紀以上も前
のものだからだ。
それでも故郷は生まれ育ったところ。
考えただけでも、胸のあたりがじわりと
ぬくもる。
息子は、機敏に他の車をさけようと、右
に左に進路を変更しながら、運転していく。
九十キロはかるくオーバー。
(おれは大丈夫だろうか。きちんと運転
できるだろうか)
種吉は車窓をすばやく流れ去る景色を見
つめながら思った。
「運転さ、ひとりでやろうとしないでな。
疲れたらすぐ変わるから」
種吉はまっすぐ前を見ている三男に、や
さしく声をかけた。
緊張で手が汗ばむのか、しきりに上着の
袖でふく。
「ああ、わかってるよ」
連休の初日。
次第に車が増えてくる。
男が四人いても、実際に運転するのはたっ
たふたり。
彼らはぺーパードライバー同然だ。
これから先のことを考えると、種吉のお
なかがしくしく痛み始めた。
せっかくのうれしさ、楽しさが、たちま
ち半減してしまう。
三番目の息子は、きょうだいの中でいち
ばん育てるのに手こずったが、いちばんひ
との面倒見がいい。
その原因のひとつに、祖父母との同居が
あったのではないか、と種吉は思う。
とりわけ祖母は身体が弱く、かみさんや
彼女のきょうだいたちがかいがいしく世話
していた。
十数時間後のハッピーな気分を得るため
には、これからいくつもの難関をクリアし
なくてはならなかった。
この遠距離ドライブは運動会の障害物競
争のようなもの、まあむりせず、楽しくや
ろう、と種吉は思った。
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