油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

ポケット一杯のラブ。  (3)

2024-03-18 21:28:23 | 小説
 ガチャガチャとまるで買い物カートの小さ
な車輪が何かの故障でうまく前に進まない気
鬱を思い起こさせるような物音が背後でして、
M子とYが驚いて首を回した。
 嘱託あつかいのBさんが、配達用自転車に
乗ってやって来るところだった。
 いかにも古くて頑丈そうな自転車。今どき、
どこかで買いたくても、めったに店では買え
ない代物である。
 荷台あり、押せばプカプカと鳴るラッパあ
り。にぎやかなことこの上ない。
 太いパイプがハンドルになっていて、ブレ
ーキをかけるのが大変。いざという場合、右
と左のざりがに似のはさみに似た部分を、そ
れぞれぎゅっと握りしめねば止まることがで
きない。
 昭和五十年くらいまで、牛乳を配達したり、
豆腐を売り歩いた人が、しばしば用いたもの
である。
 突然、キキッとブレーキのかける音がした。
 改めてM子とYが目を丸くした。
 Bさんが自転車にまたがったまま、背筋を
伸ばしている。
 背が低いのに、無理やり、両足を地面につ
けている。
 「ほんと、だいじょうぶですか」
 YがBさんを気づかう。
 「オッケーオッケー。それよりな。誰かさ
んよう、局に、ええっとどこだったけな。忘
れちゃ困るものを、置きっぱなしにしてある
んじゃないのかあ?」
 「あっ、Bさん。ぼくのですか。それなら
また局にもどりますから心配いりません」
 と応じた。
 「あれはなあ、ええっと、たぶんおめえの
じゃないな」
 YとM子は顔を見合わせた。
 Bさんは何やら、頭をひねっている。
 七十近くになっており、近ごろはついつい
忘れ物をしてしまうようだ。
 業務に支障をきたさないようにと、上司に
注意されることが多くなっている。
 「じゃあ、あたしの?ですか」
 Bさんはノウともイエスとも言わない。
 中二のふたりは、まるで難しすぎて答える
ことができないクイズを出題されたような表
情をしている。
 「さあ、どうだろ。とにかくふたりしても
う一度、局にもどって確認してみたら」
 「はあ、でも、この人は……」
 Yが顔を曇らせた。
 「腰をいためてるって言いたいんだろ」
 「そうです」
 (腰の痛みを押してまで、あえて取りに行
かなきゃならないものって、何だろ。もしも
それがわたしのものだったら……)
 ふいにM子の顔が紅くなった。心臓の音が
高鳴る。
 バスの来る時刻がせまっていたが、それほ
どあわてて帰宅して、医者にかかるほどの身
体ではないことはわかっている。
 「ぼくが、行って来る」
 「ありがとう。手洗い場を見てね。ひょっ
としたら、何か小物が置いてあるかもしれな
いわ」
 M子は正直に言った。
 Bさんは、M子にとって、小学生の時からな
じみある人だ。
 校区内に住むおじさんで、いつも横断歩道
で小旗を振り振り、生徒が横断歩道を渡りき
るまで見守ってくれたのである。
 
  
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まさかの出来事。

2024-03-11 17:12:55 | 随筆
 こんにちは。
 ブロ友のみなさん。
 あれから13年目ですね。

 未曽有の大震災の犠牲になられた方々の御霊に
改めて鎮魂の祈りを捧げます。

 大地震や巨大津波から運よく生きのびた方々に
まさかの原発建屋の水素爆発がつづきました。

 放射能に汚染された物質が、四方八方に吹き飛
ばされ、風の吹くまま拡散して行きました。

 それらは雲となって、わたしの住む栃木県の北
の山なみから日光連山までをおおいつくしたこと
です。

 我が町の山間部の小学校の運動場の土の入れ替
えをしなくてはならないほどの被害でした。

 山々を除染することなどできない相談でそこに
住む動植物にどれくらいの影響があったかなど知
るすべはありません。
 放射能が半減するのにかかる時間はどれくらい
でしょう。

 福島原発の建屋内部に残っている、燃え残りの
放射性物質をすべて、取り除くのに一体どれくら
いの月日が要るのでしょう。
 非常に危険をともなう仕事だけに、容易ではあ
りませんね。

 わたしたちはひとりひとり、このことを再認識
する必要があるように思われます。

 東日本大震災の発生直後、経済活動が沈滞しま
した。
 あちらでもこちらでも、涙、涙。
 テレビによる営利目的の宣伝活動が自粛された
りしましたね。

 世の中全体がまるで通夜のようで、わたしなど
しばらくブログを書くのをためらいました。

 我が町は、あのとき、震度六強の地震におそわ
れました。
 わたしは自宅の二階の部屋で、ちょうどパソコ
ンをいじっていた時でした。

 一階の台所。
 その食器棚から瀬戸ものやガラス類が音立てて
床にすべり落ちていきました。
 がちゃんがちゃんと割れる音を今でも、忘れる
ことができません。

 わたしは、結局、一度、二度そして三度の大揺
れが収まるまで、身動きできないでいました。
 パソコンが倒れないよう、右手で、しっかりと
おさえていることしかできなかった。

 被害の実態はテレビで、生々しく映し出されま
した。
 恐ろしいとしか言えない映像のかずかずを、固
唾をのんで眺めたことです。

 「原発の爆発がなかったら、住み慣れたふるさ
とをあとにすることはなかった」
 我が家のとなりがたまたま空き家になっていて、
そこに引っ越して来られた老夫婦の嘆きはいかば
かりでしょう。
 故郷は宮城県の南三陸町とうかがっております。

 悲しみがどれくらい深いでしょう。

 被害の当事者である、ないにかかわらず、千年
に一度という大地震を体験した人間として、いま
何をなすべきでしょう。

 宇宙の深遠さは言うに及ばす、わが地球のこと
さえ、わたしたちはまだまだ予測不能なのです。
 
 景気が少し良くなったくらいで、喜んでおられ
る場合ではないように思われます。

 人間も自然の一部です。
 どんな形かで、地球とつながっているかもしれ
ません。

 真善美を大事に生きること。
 大いなるものに対して、ありがとうの気持ちを、
忘れない。

 いつも謙虚な態度でいることが、何よりのよう
にわたしには思われます。
 
 
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ポケット一杯のラブ。  (2)

2024-03-08 12:53:26 | 小説
 Yは長い間、とても恥ずかしがり屋だった。

 それがどうしたことか、M子とともに郵便
局で会って以来、人が変わったように明るく
なった。

 それでも、なかなか一歩進んでM子と話せ
ないでいた。

 M子が腰を痛めたことを聞き、とても気に
していたが、自らすすんで彼女にからだの具
合をたずねることができなかった。

 さいわいにして、主任のNさんが後押しが
あったから、休憩室に来たようなもの。
 そうでなければ、Yはずっと行くか行くま
いかと悩んでいたことだろう。

 YがM子のあとに従っていく。
 「ありがとうね。わたしはだいじょうぶだ
から、あなた持ち場にもどって。ゆっくり歩
いてくから。心配しないで」
 「うん」

 M子にそういわれると、Yは小さくうなず
き、くるりと方向を変えた。
 しかし、M子のことが気になる。

  Yは立ち止まり、振り返った。
 M子の後ろ姿がゆらゆらしている。
 赤い乗用車が走って行き、M子のそばすれ
すれに通り過ぎて行く。

 歩道のない道路だ。
 バスの停留所まで、五十メートルくらいの
道のりがあった。

 Yは考えを変えた。
 わっとばかりにM子のあとを追った。

 M子とは家も近く、Yは幼いころから彼女
となじんだ。
 誕生会に呼んでもらったり、ままごと遊び
に加わったりしていた。

 小学校の高学年になってからだろう。
 YはM子を意識しだした。
 中学一年でクラスが違ってしまった。

 Yの足音を聞いてM子が立ち止まり、首を
まわした。
 Yを見て、M子がくすっと笑った。

 「なあに、あたしがいいって、エスコート
しないでいいわって、いってるじゃない。そ
んなにあわてて、あなたも家に帰るつもりな
の」
 Yは答えず、首を横に振った。

 ふいにM子は、あらっと言って、スカート
の左ポケットから携帯を取り出した。
 「もうこんな時間、急がないと乗り遅れる」
 M子は再び、よろよろと歩きだした。

 折からのギラギラした陽ざしに、彼女の額
に大粒の汗がにじんだ。
 白いシャツに襟もとの紅いタイが映える。
 YはM子のあとをゆっくりと追った。

 小さいころから、Yは子どもらしい天真爛
漫さに欠けた。
 いつも表情が暗い。
 おどおどしている姿が、印象的だった。

 M子とは家が近く、同じ幼稚園に通った。
 わきにプロントザウルスの漫画が描かれた
バスがYの家の前の路側帯で停まると、ふた
りして乗り込んだ。

 Yの母親のそばには、いつも彼女の義母の
姿があった。

 「おはようございます。お宅の娘さんはい
つも明るくて、はきはきしていらっしゃる」

 Yの母親が、見るからに古い家から出て来
て、しきりに後ろを気にしながら、そう切り
出す。

 「お宅の息子さんだって、大丈夫。Yくん
っておとなしそうだけど、とっても優しいと
ころがあるんだって。いつも娘が感心してま
すわよ」
 M子の母親が小声でそう答えた。

 (何でもはきはきとして率直な子が多い世
の中なのに、どうしてうちの子はこんなに暗
いのだろう)

 Yの寡黙なところが、彼の母親の頭痛のた
ねだった。
 
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ポケット一杯のラブ。  (1)

2024-03-03 20:32:32 | 小説
 声の主はN主任だった。 
 「だいじょうぶです」
 M子は無理に立ち上がろうとしたが、から
だが思うように動かない。

 思わず、よろめいてしまい、わきにあった
机に両手をついた。
 「ちょっと待って。ぎっくりかもしれない
からね」

 (ぎっくりって、ああいやだ。それじゃう
ちのお父さんが、この間やったわ。そんじゃ
動けないじゃないの)

 NさんはつかつかとM子のもとに歩いて来
るなり、彼女をひょいと抱きかかえた。

 ごつい腕だ。
 なんでも郵便局員になる前は、山仕事をし
ていたらしい。
 ぷんと汗のにおいがした。

 M子は目をつむったまま、薄青色のジャー
ジの上着の袖口から突き出た両手を、Nの首
にまわした。
 「すみません」
 消え入りそうな声で言った。

 「だいじょうぶだよ。人間、生きてるとい
ろんなことがあるのさ」

 (大人の男の人って、なんて強くてたくま
しいのだろ)

 休憩室の畳の上で、M子はしばらく横たわっ
ていた。

 三十分もそうしていただろうか。
 M子はそろっと起き上がろうとした。

 痛みはずいぶん薄らいでいる。
 (良かった。シップを貼ってもらったおか
げだわ)

 背中に両手をまわし、乾いてかぱかぱになっ
たシップを二枚、そろそろと外した。

 「どうなの?」
 ふいにガラス戸が静かに開き、男の声が休
憩室にとびこんで来た。

 N主任の声ではない。
 もっと若々しい、どこかで聞いたことのあ
るものだった。

 「この子が心配げだったからね」
 N主任が彼の背後に立っていた。

 「あっ、Yくん」
 気恥ずかしいのか、Yは左手でしきりに頭
をかいた。

 「配達、もう済んだの?」
 「ああ、たった今、帰って来たところ」
 M子とYは同級生である。

 「バス停まで歩けるかい。家まで送ってや
れたらいいんだけどちょっと忙しいからね」
 N主任が問うと、
 「はい、歩けそうです」
 と、M子が答えた。

 「Yくん、きみ、そこまでいっしょに行っ
てやってくれるかい」
 N主任の問いに、Yは黙ってうなずいた。
 
  
 

 
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