門前の小僧

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茶人列伝 第一回「村田珠光」

2010-11-19 21:09:44 | 茶道
侘び茶の湯創成期、足利義政東山文化の室町時代後期から、利休登場により「茶の湯黄金期」を迎えた安土桃山・戦国時代、そして「へうげもの」織部、「きれい寂び」遠州の江戸初期まで。歴史に名を遺す、歴代名茶人のエピソードとプロフィールを各時代の茶書からひろい、紹介していきましょう。


1.村田珠光

 比道(このみち)、第一わろき事は、心のがまむがしやう也。こふ者をばそねみ、初心の者をば見下す事、一段勿体無き事共也。こふしやにはちかづきて一言をもなげき、又、初心の物をばいかにも育つべき事也。比道の一大事は、和漢のさかいをまぎらかす事、肝要肝要、ようじんあるべき事也。
 又、当時、ひえかるると申て、初心の人躰(じんてい)がびぜん物、しがらき物などをもちて、人もゆるさぬたけくらむ事、言語道断也。かるると云事は、よき道具をもち、其(その)あぢわひをよくしりて、心の下地によりてたけくらみて、後までひへやせてこそ面白くあるべき也。
 又、さはあれ共、一向かなわぬ人躰(じんてい)は、道具にはからかふべからず候也。いか様のてとり風情にても、なげく所、肝要にて候。ただがまんがしやうがわろき事にて候。又は、がまんなくてもならぬ道也。銘道にいわく、

  心の師とはなれ、心を師とせざれ

 と古人もいわれし也。

(古市播磨法師あて『珠光心の文』)

訳文・解説↓
http://bit.ly/9ZQ6hJ


■村田珠光(むらたしゅこう)

室町中期の茶人。応永30年(1423)~文亀2年(1502)。奈良御門の村田杢市検校の子。幼名は茂吉。もとは奈良称名寺の僧。のち一休宗純に参禅。印可として「圜悟の墨跡」を与えられる。禅院での茶の湯に点茶の本意を会得したといわれ、侘び茶を創始して茶道の開祖となった。
(古市播磨→珠光心の文に資料あり)

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