小梅日記

主として幕末紀州藩の学問所塾頭の妻、川合小梅が明治十八年まで綴った日記を紐解く
できれば旅日記も。

西国三十三所巡拝 一番 青岸渡寺

2017-03-19 | 西国三十三所

昨年(平成28年)二年がかりで四国八十八札所の巡拝をなんとか終え、その勢いで?本年の初詣には青岸渡寺へ行きました。西国33札所の1番目です。
これを機にこちらも納経帳を埋めていこうと思います。
西国は日帰りで行けそうなので四国巡拝のように必死にならずにゆったりとお詣りできそうです。行けるときに行くとします。
四国88札所は弘法大師の足跡を巡るものでありました(と思ってる)が、西国札所は観音霊場巡りです。


平成29年1月2日
かなり遠かった。大体は勝浦温泉あたりに宿泊して熊野三山をコースに入れて行くらしい。新しい道路が開通したおかげで和歌山から日帰りが可能になった。
お正月なので渋滞を懸念して朝の5時半に自宅を出た。海沿いにや山間をひた走り9時に到着。途中ですさも道の駅や串本を通った。


那智の滝や海が遠くに見え、同じ敷地に熊野三山の一つの熊野那智大社がある。
西国第一番 那智山 青岸渡寺(せいがんとじ)
ご詠歌 補陀洛や岸打つ波は三熊野の 那智のお山にひびく滝津瀬

推古天皇の時代に裸形上人が那智の滝で行をしていた時に観音菩薩を感得して庵を結び推古天皇の勅願寺として那智霊場信仰の中心となった。
平安時代には花山法皇が一千日の瀧籠り修行をされ、西国三十三所観音巡礼の第一番札所として定めたとされている。





本堂の後方には那智の瀧と美しい朱色の三重の塔があって見とれてしまう。 この塔は何度か災害に遭ったが、現在の三重塔は、昭和47年に400年ぶりに再建されたもの。本堂から瀧まではかなり遠い。大門までの石段もかなりきつかった。お隣の那智大社は朱塗りの美しい拝殿で熊野詣でに行きたくなる。






御朱印をいただき下山。
お茶屋さんでおうすとおたきもちを食べた。三度は来たけれど初めてだ。那智の滝をイメージして作られたという当地の名物らしい。
お正月のせいもあって多くの人の参詣で賑わっていた。
帰途は渋滞に巻き込まれてしまい往きの倍ほど時間がかかった。









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