“My Own Country” リリース直前に行われたHarryのリサイタル評を紹介します。
原文 (http://www.choirbase.com/review-view.asp?item=237) はMartin Carson氏によるもので、私は同氏より日本語訳を本ブログにアップする許可をいただいています。無断転載は固くお断りします(本サイト名とURLを明記のうえでの引用はOK)。万一誤訳等お気付きの点がありましたら、何なりとコメントをお送り下さい。
This translation, of which the copyright is owned by Keiko, has been uploaded with the permission of Martin Carson. No part may be reproduced without permission of Keiko..
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本日、ロンドンで、ウィンチェスター・カレッジのハリー・セバーのミニコンサートがあり、私も拝聴する栄誉にあずかった。
自信と威厳に満ちた1人の「若者」がそこにいた。各曲目について、作曲家あるいは音楽自体に関する短いながらも彼の博識を示す解説を加えながら、よく練り上げられたパフォーマンスを披露してくれた。
最初の3曲はドイツ語だったが、ドイツ語で歌うことに非常に慣れた様子で立派にこなしていた。これは単なる優れたボーイソプラノではなく、揺るぎない信念を持った若いドイツリート歌手によるリサイタルなのだ・・・歌い始める前から、そう確信させる雰囲気が明らかに感じられたが、実際に歌いだすと、その姿勢といい、完璧にコントロールされた身振り・手振りと顔の表情といい、彼の実際の年齢より2倍も大人びて見えた< 1 >。1曲目はシューベルトの“Standchen”。この曲はこれまでにもいろいろな少年が同じくらいの信念を持って歌ってはきたが、これほど明確な音楽性をもって歌った者はいなかった。実に素晴らしい。ぞくっとするようなパフォーマンスである。次は、シューマンの“'Belsatzar”とチャイコフスキーの“Nur wer die Sehnsucht kennt”。どちらも激しい曲で、前者はドラマチックであり後者は胸も張り裂けんばかりの悲しみに満ちていた。優れたボーイソプラノボイスには耳が肥えている聴衆であるが、どちらの歌にもすっかり魅了されてしまった。
伴奏は、同じくウインチェスター・カレッジの17歳のピアニストNadanai Laohakunakorn < 2 > である。このような若く偉大な才能が伴奏者としてみつかったのは、ハリーにとってとても幸運だ。ハリーが休憩中(あれだけのパフォーマンスをしたのだから休憩は当然)、Nadanaiはわれわれを素晴らしい演奏でもてなしてくれた。ショパンの「ポロネーズ 第6番 変イ長調『英雄』Op.53」である。ピアニストは休憩なしで聴衆は居眠りの暇もなしというわけである。
休憩の後は、イギリス人作曲家、ハウエルの曲が3曲。最初は"King David"である。ハリーによるこの曲の解釈は、私がそれまでに聴いたことのある少年ソリストのみならずその他のどんな歌手よりも感動的なものだった。
フランシス・ジャクソン< 3 > は、彼がヨーク大聖堂での職務を終える数年前頃から、少年たちの態度に変化が現れていると嘆いていた。「自分自身の声が照れ臭いのだろうか。以前のように形振り構わず感情のままに歌うことを良しとしなくなった。」 (Stephen Beet "Better Land" ISBN:1-906398-14-6参照 < 4 >) ジャクソンの批判はハリー・セバーには当てはまらない。ハリーは、品格あふれる声をもち、幅広い感情表現ができるが、自らをコントロールできなくなるほど感情に流されることはなく、あくまでさりげない。このコントロールされた感情表現は、Ivor Gurneyの "Snow"にとりわけよく現れていた。この曲は、経験豊かな大人でも難しいのだが、どきっとするほどの成熟した理解力で詩を解釈し、知性的な音楽性をもって歌い聞かせてくれた。そして最後は気軽に聞けるHeadの"Tewkesbury Road"でほっとさせてくれた。
このリサイタルは、伝統的な少年聖歌隊のためのキャンペーン関連のある団体のために開かれたものである。私を含め、メンバーは、男性も女性も、年齢から考えると、少なくとも合計4000年間はボーイソプラノを聴いてきた人間だから < 5 >、この聴衆を感動させるのは、どんな歌手でも難しい。"Tewkesbury Road"を聴き終えると、会長が「本日聴かせてもらったものこそ、まさに本キャンペーンが守ろうとしているものです。精神的にも戦争の傷が癒えていない世代の励みになります。」と感想を述べた。
だが、コンサートはそれで終わりではなかったのだ。実は、ハリーが数週間前にリサイタルを行ったとき、ある作曲家(名前がアナウンスされたが書き留めず、申し訳ない)がハリーに面会を求め、その作曲家は後ほど、彼自身の作曲による"Panis Angelicus"の楽譜をハリーに送っていたのであるが 、ハリーたちは、その曲でリサイタルを終えようというのであった。それは、その日のレパートリーのどの曲とも全く異なる歌唱スタイルが要求される、とても静かで全体のテッシトゥーラ < 6 > が高いものであったから、いきなりこれを歌うというのは、大胆な冒険だったはずだ。そんな離れ業をやってのけられるのは、勇敢な若者だけだ。実際、ハリーにとってはぎりぎりの挑戦だったと思うが、彼はそういうことは少しも顔に出さず、とてもリラックスして上手にコントロールされた様子で平然と歌ってしまった。
2005年6月11日土曜日・・・わずか30分という短い時間ではあったが、ロンドンのチャーターハウスは、そこにいた全ての者にとって"Better Land"となった。イギリスに真のボーイソプラノがまだ残っていたということを、われわれは確信した。さらに嬉しいのは、ハリー・セバーが、単に優れた歌手だというだけでなく、自ら先頭に立って、積極的に、しかも独力で、わが国から殆ど失われてしまったボーイソプラノという伝統を復活させようと努力しているということである。
数週間後には、この非凡な才能をもつ歌手によるイギリス歌曲の新しいCD < 7 >が、ヘラルドよりリリースされるが、私は、彼のトレブルボイス < 8 > が絶頂期にあるうちにドイツリートも録音してほしいと思っている。読者の皆さんも、決してお聴き逃しなきよう!
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1)この時点で、Harryはわずか13歳。しかもかなり小柄で痩せた少年なのだが、聴衆の目にこれほどの貫禄をもって映るのは、既にカリスマチックな魅力を備えている証拠だろう。
2)Nadanaiはタイ人のエリート少年(青年?)で、アメリカに長年居住した後イギリスに移住し、現在HarryとともにWinchester Collageで学んでいる。Harryとはこの後も密接なコラボレーションが続く。なお、私はタイ語の発音が全然わからないので彼の名前をカタカナで書けない。どなたか読み方がわかる方、教えてください。
3)Francis Alan Jackson: イギリスを代表するオルガニスト・作曲家の1人で、1946~1982年ヨーク大聖堂のオルガニストを務めた。
4)”The Better Land”とは、5枚(まもなく6枚目がリリースされる)のCDのシリーズおよびその関連著作のことである。これは、いわゆる第二次世界大戦以前のボーイソプラノ全集であり、ロンドンの中学校校長であったStephen Beetが入念な研究より編纂し、LPレコードから復元したもの。Harryは、雑誌に寄稿した自身の音楽論(後日日本語訳アップの予定)の中で、この Better Landの世界こそ本物のボーイソプラノだと熱弁を振るっている――今風のふわふわとした可愛い子供らしさを売り物にするボーイソプラノは真の意味でのボーイソプラノではない。古典的な歌唱法に基づいた発声法による感情豊かな表現力をもつ少年だけがボーイソプラノと呼ばれるべき、といった理論。 上記フランシス・ジャクソンの「以前のように感情のままに歌うことを良しとしなくなった」という言葉も、最近の聖歌隊から真のボーイソプラノが消えつつあることを嘆いたものである。以降、Better Landというキーワードを覚えておいていただきたい。
5)原文は、These men and women have been listening to boy sopranos for, judging by our ages, a combined total of at least 4000 years. 4000年という意味がわからない。聴衆はかなりの年配だと思われるので、ボーイソプラノ愛好歴が1人40年ほどで、それが100人ほど居たということだろうか?ともかく、保守的な筋金入りのクラシックファンである英国紳士淑女の集団をそれだけ魅了できるHarryのすごさを物語っている。
6)tessituraとは、難しい音楽用語だが、平たく言えばつまり音域のこと。Panis Angelicus(「天使のパン」)は、ベルギーの作曲家フランクによる有名な宗教曲で、穏やかなメロディでtessituraは全然高くないと思うが・・・Harryに「新曲」として楽譜を贈呈したこの作曲家のものはよほど異なるメロディになっていたのだろう。
7)これが “My Own Country”のこと。
8)トレブル(treble)とはボーイソプラノと同意。ただし、イギリス国教会の聖歌隊のみで使われる用語で、アルトやテノールなど他のパートとの対照で用いられる、と(とりあえず)覚えておいていただきたい。なお、Carson氏がここで予言(?!)した通り、まもなくHarry はドイツ語による「美しき水車小屋の娘」全曲録音に挑むことになる。
performanceの訳ですが、カタカナで「パフォーマンス」と書くのは、音楽ましてやクラシックの分野にはふさわしくないと思います。しかし歌手なので「演奏」というのもしっくりこないのでは・・・。そのあたり厳密にいえばもっと訳出に工夫が必要だと思います。芸術分野の和訳はまだ初心者でもちろん全くの素人ですので、今後の課題が山積です。皆様からのご教示・ご示唆のほどよろしくお願いします。
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なお、この投稿は、数日前その(1)~(3)と3分割して投稿していたものを削除し、1まとめの記事として投稿し直したものです。私がワードファイルからそのままコピペしていたので、変なタグが入ってしまい、字数が異様に多いようにカウントされたようです。見づらくてすみませんでした。
(ワードからブログにコピペする方法とかわからないのですが…解決になってよかったです)
私は天使のパンが気になります。Harryってすっごいマイナーなアヴェ・マリアを歌ったとかレビューで読んだことがあるのでタイトルは有名でも曲がマイナーをセレクトするんですね。そこも彼らしいです。
あと本当にタイ君のお名前の読み方知りたいです。ナダナイと思いっきりローマ字読みしていますが、苗字はローマ字読みすらできません日本人はカタカナがあるから便利ですね。中国人は音程?みたいなのを単語の上に振っていました。もし仮にNadanai君に読み方教えてと文章で頼んだ場合どういう風に教えてくれるのでしょう?
マイナーにチャレンジするというのは、ほんとうに
自分の解釈というか自分なりの歌唱に断固たる
自信をもっている証拠ですね!
マイナーver天使のパンは、リサイタルのみの幻ver
になるのかなあ・・
あーーーそりゃやっぱり「外国人」からは教えに
くいですよねえ・・・
以前仕事関係の先輩に外語大でタイ語専攻だった
という人がいたんですが、、、今は音信普通に
なっちゃってますしねーー
このたびは当方の拙い訳文まで掲載いただき、お恥ずかしいかぎりです。m(_ _)m
ところで…ワードファイルからブログ投稿画面にコピペするとおかしなタグ情報まで入ってしまう…とのことですが、もしはじめからブログ投稿を前提に訳文なり文章なり綴られるのであれば、余計なタグがいっさい入らないテキストエディタ(Windows標準の「メモ帳」など)で下書きされることをお奨めします。
自分の場合は「メモ帳」か、高機能なフリーソフトの'NoEditor'を使っています。
実は何年も前に(まだ翻訳の仕事をしていなかった当時)シェアウエアの秀丸を入れたのですが、その当時テキストエディタをあまり使うことがなかったので、結局外してしまって、めんどくさくなってました。。。 いかんいかん。