さて、"Hear My Prayer"の録音は2004年6~7月(ということは、Harry12歳。それですでにあれだけの完成度だったのは驚くべき)だったが、それから半年後、完全なソロアルバムとして録音されたのが、”My Own Country"で、またさらにそれから1年後の"Die Schone Mullerin”(「美しき水車小屋の娘」)と続くことになる。
"My Own Country"は、A recital of English songとあるようにイギリス歌曲集であり、Quilter, Sullivan, Gibbs, Brittenなど比較的近代の作曲家の作品が、各作曲家につき2曲ずつ採り上げられている。
http://www.heraldav.co.uk/showdisk.php?diskNum=311
”Hear My Prayer"は、ほとんど宗教曲であったし、Harry SeverとThomas Jestyという2人のYoung Chorister of the Year受賞者のデュエットがfeatureされて、荘厳で豪華な感じのCDだったが、それに比べると"My Own Country"はかなり地味である。歌詞も芸術性の高い詩歌ばかり。つまり、よほど歌唱力に自信のある少年しかこんなCDは出さないはず。言っておくが、だいたい少年がクラシックの分野においてソロアルバムを出すということ自体大変なことなのである。欧米各国に現在どれくらいの数の少年聖歌隊・合唱団が存在するか知らないが、その出身者のうち、完全なソロでCDを録音する、ましてや独自にリサイタルを行う力のある者はほんの一握りなのだ。Harry はさらにその一握りのなかでもトップレベルなのである。
(Wikipediaの「ボーイソプラノ」のエントリー参照。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8E
どの曲も、しっとりと歌い上げられ、かめばかむほど味の出るスルメタイプ(?!)のアルバムだと私は思っている。
まずは、メロディに比較的華があって可愛らしい感じのする次の3トラックが印象に残るのではないだろうか。
1.Orpheus with his lute
5. Over the Mountains
11. Down by the Salley Garden
このあたりは、他のボーイソプラノにも(11はボーイだけでなく広く歌手一般に)しばしば採り上げられているスタンダードナンバーと言っていいだろう。実際、5と11は、”Something's Coming"の中で、Winchesterの先輩であるNicholas Stenning君も同じピアニストの伴奏で歌っている。5は作曲家も同じだし、聴き比べてみると、Nicholasファンには失礼だが、Harryの声の透明度、高音の安定度、表現力の豊かさがよくわかる。3番の "Some do suppose him, poor thing, to be blind"などというところ一つとってみても、"poor"という単語に「かわいそうなやつ」という親愛の感情がよくこもっていて、美しい色彩があるのである (譜面上は、多分八分音符2つだと思うが、マイクロレベルの装飾音を付加しているのでは?などと思ってしまう)。Nicholasも勿論そういう感情は込めたつもりかもしれないが、普通に単調な"poor“なのだ。4番の最終行、"Love shall find out the way"も、Nicholasは1~3番までと同じく、平坦に結んでいるが、Harryは、4番ではここぞとばかり力をこめて、高らかにsoarしている。高音の安定度に絶対的な自信のあることの証明だろう。この曲に限らず、Harryは有節歌曲の各節の微妙な変化のつけ方がとても上手いと思う。
ここでちょっと用語解説。
「有節歌曲」(strophic song)とは、1番、2番・・・と歌詞が異なっても同じメロディが繰り返される曲のことで、これに対して、歌詞が異なるとそれに応じてメロディも変わるものを「通作歌曲」(through-composed song) と言う。
ちなみに、Nicholasは2001年度のYoung Chorister of the Yearである(ひとつの聖歌隊から3人もこの賞の受賞者を出しているのだから、実際Winchesterはきわめてレベルが高いのだろう)。だからというわけではないが、もちろんその実力はわかっている。Harryよりまろやかなトーンの声で、こちらがほっとするから好みと思える人も多いだろうし、実際トラック4の "Willow, willow, willow"は私もHarryよりNicholasの方がいいと思った!この曲については、さらに他にも素晴らしい録音を行っている少年(Lorin Wey君)がいるので、あらためて書く予定。
話は戻って…
それにしても、Harry Severという歌手の凄さがわかるのはもっと地味度の高いトラックではないだろうか。
7. A Poet's hymn
9. The stranger
12. Snow
14. King David
正直なところ、このへんは私には詩の意味がよくわからない(日本語訳をもっている方がおられましたら、ぜひご一報ください~。翻訳者なら自分でやれと言われそうだが、その・・・分野があまりに違うので・・・と言い訳たらたら)。7は、どうも修道僧の質素な生活を歌ったものらしく、キリストへの帰依とその喜びが、いかにも宗教曲という感じではなく控え目に描写されている。華やかではないが、とてもいい曲で、またピアノ伴奏が抜群に上手くて、Harryの歌と美しいタピストリーを織りなしている。12と14は、なんだか非常に悲しい詩で(「みんなが白い鳥を殺しちゃったよ・・・と激しく子供が泣いている」とか・・・)、その悲しみを上品なビブラートを利かせながら非常にデリケートに切々と歌い上げている。Martin Carson氏がリサイタル評(翻訳・語学カテゴリで既に取り上げたhttp://www.choirbase.com/review-view.asp?item=237のこと。全日本語訳を後ほどアップする予定)で、「経験豊かな大人でも難しい曲だが、どきっとするほどの成熟した理解力で詩を解釈し、知性的な音楽性をもって歌っている」と書いる通り、Harry の真骨頂発揮というところだと思う。
最後に、余談ではあるが、このCDのジャケットについて少し書かせていただこう。フロントカバーは、タイトルの“My Own Country”に合わせて、イギリスの田園地帯を眺めるHarry・・・向こうをむいているのがちょっと残念だが、バックに広がる深いグリーンと彼の赤毛の髪の毛が美しいコントラストをなしている。そして、これを開けてみて、私は目眩がするほど驚いた(ここでもspine-tingling!)。その、向こうをむいていた少年のお顔が現れ、しかも超アップなのであるが・・・なにしろ、それまでYoung Chorister of the Year受賞のころの幼い写真しか見たことがなく、いかにもまだ子供という印象だったのに・・・そこには、気高い気品と知性に満ちた凛々しいイギリス人の若者がいた。(この写真をこういうところで公表できないのが残念!) また、ピアニストのRobert Bottone先生と一緒に写っているものは、左肘をピアノについて軽く頬杖をついているが、これがまたぞくっとするほどきれいなのだ。このジャケットがあまりにも気に入ったので、このCDを2枚も買ってしまって、1つはいつもPCの前に飾っている。
外見のことをこういう風に書くと、ミーハーなのがばればれになってしまうが、とにかく、音楽性と外見の両方でこれほどぴったり私好みの少年は未だかつて現れたことがなかったのだ。来日公演を逃してしまった大バカ者だし、今のところDVDも出ていないのだから、写真で幸せな気分に浸らせてもらうくらい、いいではないですか。
“My Own Country”は、現在Amazon JPでも入手できるが3,432円と高い。できれば、海外のサイトから直接取り寄せた方がだいぶ安く入手できるが、海外通販が面倒(あるいは不安)という方も多いだろうし、3,432円払う価値大いにありなので、ぜひ入手して深く味わっていただきたい。