日本脳炎ワクチンを廃止しよう
日本脳炎は、日本で発見されたことから日本脳炎と命名されましたが、アジアで広く見られる病気で、主に豚で増殖され、コガタアカイエカが媒介してヒトに感染します。わが国においては、大正時代(1912年)の大流行が日本脳炎と推定されており、1935年に初めてウイルスが分離されました。現在では1億2800万人の人口あたり、10人以下の発病者で、致命率は15%以下、後遺症も30%以下となっています。
日本脳炎は不活化ワクチンで、過去にはワクチンを接種していても罹患し、かつ死亡した人もいますし、ワクチン接種していないのに、かからないか、かかっても脳炎を発病しない人も少なくありません。日本脳炎ワクチンは、現代では神経系の副作用の出る人が、日本脳炎発病者よりも多くなり、元々有効性の根拠がなく、必要性に疑問があり、必要の無い、むしろ有害なワクチンになったと考えます。
Ⅰ.どんな病気か
1.感染経路
日本脳炎ウイルスは、ブタを増殖動物にして、コガタアカイエカが媒介してヒトに感染します。日本脳炎ウイルスは、ヒトからヒトへ直接、あるいは蚊を介して伝播することはありません。
2.臨床症状
潜伏期間は6~25(一般に8~16)日で、典型的な症状は髄膜脳炎型ですが、脊髄炎型もあります。多くは不顕性感染(無症状)か、軽く夏かぜ程度で終わり、ごく一部が発病します。
3.発病率
感染してからの発病率は、100~1、000人に1人(国立感染症研究所感染症情報センター)とおおげさに言っていますが、推定で5000人に1人以下です。さらに、小西らの研究によると、1995年の都市部には10%の自然感染が発生していますが、発病者は出ていません。その後の疫学調査は行われていませんが、現在では不顕性感染か、夏かぜ程度で終わり、脳炎の発病率は5000人に1人以下と推定され、確率の根拠が得られないほどに低下しています。この10年の発症者は年間一桁です。接種率は低いのに、日本脳炎にかかる人が、若い人にはほとんど出ていません。
4.日本脳炎の発生も死亡も激減している
日本では、1912年(明治45年)の岡山県を中心とした流行が、記録上わが国における初めての流行と言われています。その後、患者数が5,000人を超える年(1935年、1950年)も、致命率が92%(1949年)の年もありました。1966年まで患者数は、1、000人を超えていましたが、1967年から三桁、1972年から二桁になり、1992年からは、年2~9人と一桁になりました。1992~2000年までの死亡者は2人の老人だけです。
1991~2000年の10年間の患者数は47人、死者6人で、この間、小児では1999年に15歳1人、死者0です。日本脳炎ワクチンが導入されたのは1965年で、接種は子どもだけでした。だから、現在の60歳以上は受けていないはずです。また当時は接種率も低かったので、それ以下の年齢でも受けていない人は多いはずです。
1991年の日本脳炎ワクチン接種率は、全年齢で37.8%という報告があります。 しかし、予防接種法の改正のあった1995年以降は、日本脳炎ワクチン接種率は、1期目は80%を超えるようになりました。一方、2期目は70%、3期目は50%をそれぞれ下回っています。
発生時期は6月から9月までの夏場だけです。日本脳炎は北海道には存在しないし、東北地方も福島県を除き、ほとんど発生していません。
5.不顕性感染
旧厚生省は伝染病流行予測事業(現在は厚生労働省による感染症流行予測事業)の一環としてヒトの血清の日本脳炎ウイルス中和抗体の測定を続けていました。その結果を見ると、1966年から1980年までの間で、年齢が高くなるに連れて抗体陽性率は50~90%としだいに上昇し、各年齢毎の抗体陽性率は、15年間でほとんど変化していませんでした。
同事業による2000年の調査では、5~29歳と60歳以上の80%の人が、抗体を保有しており、ほとんどの人は、一生の間のどこかで不顕性感染(感染しても発病しない状態)し、抗体をもつようになっています。だが抗体をもたない人も少なくなく、それなのに発病する人がほとんどいないのは、日本人は日本脳炎に対する自然免疫も獲得免疫も成立し、免疫が低下した人だけが発病する病気となったものであると考えます。
これは、適応説と言って、ヒトとウイルスとの適応関係ができあがって、発病しなくなったのです。ペストがヨーロッパから消えたのと、同じ現象と考えられます。梅毒は、ワクチンはありませんが、なぜ大幅に減少し、むしろエイズやほかの性感染症が問題になっているのでしょうか。私は、適応関係ができあがって来たのではないかと思います。
Ⅱ.日本脳炎ウイルスは減少しているが、まだ日本には存在する
1980年代で都市部は10%、農村部では20%の人がウイルスに自然感染しており、1995年でも都市部では約10%の人の自然感染が発生している可能性があったと言われています。その後の調査はありません。
ブタの中和抗体の調査では、まだまだ日本脳炎ウイルスが存在しているのも事実です。ブタの抗体陽性率が50%を超えるとヒトにも流行するといわれていました。
2012年には35道都県の調査で、その結果は、7月には長崎、福岡、高知、徳島、鳥取、静岡、8月からさらに鹿児島、大分、愛媛と広がり、9月以降、佐賀、熊本で抗体保有率が50%を超えました。それ以外の、都道府県は50%以下か未調査でした。しかし、同年の日本脳炎患者は全国で2名でした。
Ⅲ.なぜ日本脳炎ウイルスがまだ存在するのに、日本脳炎患者が減少したか
ブタの抗体調査、蚊の調査からは、まだ日本脳炎ウイルスは存在するのに、なぜ日本人の日本脳炎患者は激減したのでしょうか。日本脳炎ワクチンは子どもにだけ接種され、成人は希望者のみであり、1995年以降は接種率が上がりましたが、2000年の接種率は0~4歳39%、5~9歳79%、10~14歳85%、15~19歳92%でした。しかも成人には接種されていません。これはワクチンの成果だけとは言えません。
日本脳炎患者が減少した理由として、私は、環境の変化と平行して、日本人と日本脳炎ウイルスの適応関係が出来上がったために大幅に減少したと考えます。
日本人の日本脳炎ウイルスへの適応
人間には自然免疫系(先天免疫)と獲得免疫系があり、自然免疫系の細胞免疫で侵入微生物に対応し、処理できれば発病しません。しかし、生ワクチンを接種しても抗体産生されない人が少なからずいますが、(それでポリオだけでなく、麻しん、風しんも2回接種することになりました。)その理由が、現代西洋医学では、説明できません。
私は、侵入門戸の防御機構によって、侵入微生物が感知され、撃退されれば、抗原特異的なリンパ球のクロナールな増殖を必要としません。だから、この段階で処理されれば、防御免疫を生じることはありません。そうすると、抗体はできません。そうでなければ、抗体陰性でも感染しない理由が説明できません。
病原体に感染した時に、感染局所の自然免疫系の細胞免疫が活性化し、それが高まると獲得免疫系が活性化します。細胞免疫を突破して、病原体(微生物や異物)が侵入すると、獲得免疫系のヘルパーT細胞やキラーT細胞の誘導や抗体産生が起こり、体内に感染し発病するか、感染しても発病しないか、発病しても軽いか、重症化するか、死に至るかが、病原体の強さだけではなく、ヒト(宿主)側の自然免疫系と獲得免疫系の働きによっても変わってきます。ヒトは、入ってきた病原体に対して、それに対応する抗体を、保有するか産生し、その数は1億種類以上といわれています。
その仕組みは、利根川博士によって解明されました。一つの遺伝子が断片となって存在し、それらを合成して抗体を作ります。そして胎児発生の過程で胎児の細胞からリンパ球ができる際に遺伝子の配列に再構成が起こり、抗体遺伝子の構造が変化するというのです。一度獲得された免疫の記憶は、遺伝子によって一生残ります。これが次の世代に受け継がれると、私は推論します。それ故、世代を経るごとに感染しても発病率や後遺症率、致命率が低くなり、軽症化します。これが私のとる病原環境説または適応説です。(ヨーロッパ人が持ちこんだ結核が、アメリカ先住民つまりインディアンたちにかかった時に、初代は粟粒結核や結核性髄膜炎になり、生き延びた二代目は頚部結核で、三代目にして肺結核になった記録が残っているといいます。)
病原体に感染して、発病した人も、発病しなかった人も、生き残ったのは細胞免疫の力と、血中抗体を速やかに産生したからであり、その細胞免疫と抗体産生能力は遺伝子によって次世代に遺伝し、次第に細胞免疫と抗体産生能力を持つ人が増え、感染してそのときに中和抗体がなくても、細胞免疫が感染を阻止または遅らせ、潜伏期間中に速やかに抗体を産生するために発病に到らず、もしくは発病しても脳炎症状が出ずに軽快し、日本脳炎発病者が減少したのです。この状態を、日本人と日本脳炎ウイルスとの間に、適応関係が成立したといえます。そして日本人では、世代の進んだ子どもでの発病は、激減しました。海外の流行地での、日本人の発病も無いのはこの理由からです。高齢者はそれを受け継いでいないことが多いし、ワクチンも接種していないことが多いから発病しやすいし、高齢化などで免疫力の落ちた人が発病しやすいので、現在感染する人はほとんどが高齢者で、死亡者も高齢者です。
こうして、多くの犠牲の上に、生き延びた人間の子孫は、遺伝子に組み込まれた能力によって、ヒトと日本脳炎ウイルスとの適応関係(社会的、文化的、経済的、環境的、免疫学的)を作り上げたのです。不顕性感染が高いということは、人間の側に免疫能力ができ、それが遺伝されていることを示しています。これを、人間の環境に対する適応と考えます。
Ⅳ.日本脳炎不活化ワクチンの有効性が証明されていない
日本における不活化ワクチンの有効性を、証明したデータはありません。ワクチンの接種による中和抗体の上昇効果については、多くの報告がありますが、疫学的データはありません。
日本でも現在、新ワクチンを開発し、導入をしました。しかし、その有効性を示す野外実験などの根拠はありません。すべて、血液中の抗体検査だけです。
ウイルスに対しては、細胞免疫が有効で測定する方法は開発されてきましたが、まだ一般化されてはいません。自然感染の場合には、中和抗体が出来ていれば細胞免疫もできていると仮定されて、中和抗体の測定で代用されているに過ぎません。過去、日本製ワクチンの台湾での野外実験でも有効性は確認されませんでした。タイでの野外実験では、やや有効という程度であったし、日本人とタイ人では、日本脳炎ウイルスに曝露されている期間が違い、バイアス(間違った結論を引き出す要因)が多く、日本人にそのままあてはめられません。それは、日本人の自然感染しての発病率が5、000人に1人以下(計算不能)であるので、統計上の比較にならないからです。
抗体の持続も1年間中止で16%、2年間中止で22%、3年間中止で26%が陰性になるといいます。しかし、5年間日本脳炎ワクチンの接種を控えていたのに、患者数は増えていないし、特に抗体を持っていないはずの小児に発病者が増えていません。
小児の日本脳炎患者数は、平成18年、19年に各1名、平成20年0、平成21年2名、平成22年1名、平成23年2名、平成24年0、平成25年0でした。その後も、小児の日本脳炎の発病の報告を聞いていません。
Ⅴ.ワクチンの副作用
1991~2005年までに、重症例4例を含む13例のADEM(急性散在性脳脊髄炎)が認定されていました。さらに重症例1名が発生したため、2005~2009年まで、積極的勧奨差し控えがされ、一時中止となりました。
その後、患者数は、2005~2013年までに54人(年8人弱)で、うち14歳以下の小児は6人でした。死亡、後遺症の報告はされていません。
一方、新ワクチンになっても、副反応は、2009~2014年にADEM(急性散在性脳脊髄炎)が23人出ています。これ以外にも、脳炎・脳症などの神経障害も出ています。ほか死亡例2人でした。
Ⅵ.もうワクチンを廃止すべきです
このように、ブタの抗体検査で、日本脳炎ウイルスはいて、抗体保有者は減少しているのに、発病者はこどもにはほとんど出ていず、発病者のほとんどが70歳以上で、しかも少数であり、逆にワクチンの被害者が出ていて、日本脳炎患者数を上回り、しかも、被害者が必ずしも救済されていない現状では、日本脳炎ワクチンを廃止すべきです。
日本脳炎は、日本で発見されたことから日本脳炎と命名されましたが、アジアで広く見られる病気で、主に豚で増殖され、コガタアカイエカが媒介してヒトに感染します。わが国においては、大正時代(1912年)の大流行が日本脳炎と推定されており、1935年に初めてウイルスが分離されました。現在では1億2800万人の人口あたり、10人以下の発病者で、致命率は15%以下、後遺症も30%以下となっています。
日本脳炎は不活化ワクチンで、過去にはワクチンを接種していても罹患し、かつ死亡した人もいますし、ワクチン接種していないのに、かからないか、かかっても脳炎を発病しない人も少なくありません。日本脳炎ワクチンは、現代では神経系の副作用の出る人が、日本脳炎発病者よりも多くなり、元々有効性の根拠がなく、必要性に疑問があり、必要の無い、むしろ有害なワクチンになったと考えます。
Ⅰ.どんな病気か
1.感染経路
日本脳炎ウイルスは、ブタを増殖動物にして、コガタアカイエカが媒介してヒトに感染します。日本脳炎ウイルスは、ヒトからヒトへ直接、あるいは蚊を介して伝播することはありません。
2.臨床症状
潜伏期間は6~25(一般に8~16)日で、典型的な症状は髄膜脳炎型ですが、脊髄炎型もあります。多くは不顕性感染(無症状)か、軽く夏かぜ程度で終わり、ごく一部が発病します。
3.発病率
感染してからの発病率は、100~1、000人に1人(国立感染症研究所感染症情報センター)とおおげさに言っていますが、推定で5000人に1人以下です。さらに、小西らの研究によると、1995年の都市部には10%の自然感染が発生していますが、発病者は出ていません。その後の疫学調査は行われていませんが、現在では不顕性感染か、夏かぜ程度で終わり、脳炎の発病率は5000人に1人以下と推定され、確率の根拠が得られないほどに低下しています。この10年の発症者は年間一桁です。接種率は低いのに、日本脳炎にかかる人が、若い人にはほとんど出ていません。
4.日本脳炎の発生も死亡も激減している
日本では、1912年(明治45年)の岡山県を中心とした流行が、記録上わが国における初めての流行と言われています。その後、患者数が5,000人を超える年(1935年、1950年)も、致命率が92%(1949年)の年もありました。1966年まで患者数は、1、000人を超えていましたが、1967年から三桁、1972年から二桁になり、1992年からは、年2~9人と一桁になりました。1992~2000年までの死亡者は2人の老人だけです。
1991~2000年の10年間の患者数は47人、死者6人で、この間、小児では1999年に15歳1人、死者0です。日本脳炎ワクチンが導入されたのは1965年で、接種は子どもだけでした。だから、現在の60歳以上は受けていないはずです。また当時は接種率も低かったので、それ以下の年齢でも受けていない人は多いはずです。
1991年の日本脳炎ワクチン接種率は、全年齢で37.8%という報告があります。 しかし、予防接種法の改正のあった1995年以降は、日本脳炎ワクチン接種率は、1期目は80%を超えるようになりました。一方、2期目は70%、3期目は50%をそれぞれ下回っています。
発生時期は6月から9月までの夏場だけです。日本脳炎は北海道には存在しないし、東北地方も福島県を除き、ほとんど発生していません。
5.不顕性感染
旧厚生省は伝染病流行予測事業(現在は厚生労働省による感染症流行予測事業)の一環としてヒトの血清の日本脳炎ウイルス中和抗体の測定を続けていました。その結果を見ると、1966年から1980年までの間で、年齢が高くなるに連れて抗体陽性率は50~90%としだいに上昇し、各年齢毎の抗体陽性率は、15年間でほとんど変化していませんでした。
同事業による2000年の調査では、5~29歳と60歳以上の80%の人が、抗体を保有しており、ほとんどの人は、一生の間のどこかで不顕性感染(感染しても発病しない状態)し、抗体をもつようになっています。だが抗体をもたない人も少なくなく、それなのに発病する人がほとんどいないのは、日本人は日本脳炎に対する自然免疫も獲得免疫も成立し、免疫が低下した人だけが発病する病気となったものであると考えます。
これは、適応説と言って、ヒトとウイルスとの適応関係ができあがって、発病しなくなったのです。ペストがヨーロッパから消えたのと、同じ現象と考えられます。梅毒は、ワクチンはありませんが、なぜ大幅に減少し、むしろエイズやほかの性感染症が問題になっているのでしょうか。私は、適応関係ができあがって来たのではないかと思います。
Ⅱ.日本脳炎ウイルスは減少しているが、まだ日本には存在する
1980年代で都市部は10%、農村部では20%の人がウイルスに自然感染しており、1995年でも都市部では約10%の人の自然感染が発生している可能性があったと言われています。その後の調査はありません。
ブタの中和抗体の調査では、まだまだ日本脳炎ウイルスが存在しているのも事実です。ブタの抗体陽性率が50%を超えるとヒトにも流行するといわれていました。
2012年には35道都県の調査で、その結果は、7月には長崎、福岡、高知、徳島、鳥取、静岡、8月からさらに鹿児島、大分、愛媛と広がり、9月以降、佐賀、熊本で抗体保有率が50%を超えました。それ以外の、都道府県は50%以下か未調査でした。しかし、同年の日本脳炎患者は全国で2名でした。
Ⅲ.なぜ日本脳炎ウイルスがまだ存在するのに、日本脳炎患者が減少したか
ブタの抗体調査、蚊の調査からは、まだ日本脳炎ウイルスは存在するのに、なぜ日本人の日本脳炎患者は激減したのでしょうか。日本脳炎ワクチンは子どもにだけ接種され、成人は希望者のみであり、1995年以降は接種率が上がりましたが、2000年の接種率は0~4歳39%、5~9歳79%、10~14歳85%、15~19歳92%でした。しかも成人には接種されていません。これはワクチンの成果だけとは言えません。
日本脳炎患者が減少した理由として、私は、環境の変化と平行して、日本人と日本脳炎ウイルスの適応関係が出来上がったために大幅に減少したと考えます。
日本人の日本脳炎ウイルスへの適応
人間には自然免疫系(先天免疫)と獲得免疫系があり、自然免疫系の細胞免疫で侵入微生物に対応し、処理できれば発病しません。しかし、生ワクチンを接種しても抗体産生されない人が少なからずいますが、(それでポリオだけでなく、麻しん、風しんも2回接種することになりました。)その理由が、現代西洋医学では、説明できません。
私は、侵入門戸の防御機構によって、侵入微生物が感知され、撃退されれば、抗原特異的なリンパ球のクロナールな増殖を必要としません。だから、この段階で処理されれば、防御免疫を生じることはありません。そうすると、抗体はできません。そうでなければ、抗体陰性でも感染しない理由が説明できません。
病原体に感染した時に、感染局所の自然免疫系の細胞免疫が活性化し、それが高まると獲得免疫系が活性化します。細胞免疫を突破して、病原体(微生物や異物)が侵入すると、獲得免疫系のヘルパーT細胞やキラーT細胞の誘導や抗体産生が起こり、体内に感染し発病するか、感染しても発病しないか、発病しても軽いか、重症化するか、死に至るかが、病原体の強さだけではなく、ヒト(宿主)側の自然免疫系と獲得免疫系の働きによっても変わってきます。ヒトは、入ってきた病原体に対して、それに対応する抗体を、保有するか産生し、その数は1億種類以上といわれています。
その仕組みは、利根川博士によって解明されました。一つの遺伝子が断片となって存在し、それらを合成して抗体を作ります。そして胎児発生の過程で胎児の細胞からリンパ球ができる際に遺伝子の配列に再構成が起こり、抗体遺伝子の構造が変化するというのです。一度獲得された免疫の記憶は、遺伝子によって一生残ります。これが次の世代に受け継がれると、私は推論します。それ故、世代を経るごとに感染しても発病率や後遺症率、致命率が低くなり、軽症化します。これが私のとる病原環境説または適応説です。(ヨーロッパ人が持ちこんだ結核が、アメリカ先住民つまりインディアンたちにかかった時に、初代は粟粒結核や結核性髄膜炎になり、生き延びた二代目は頚部結核で、三代目にして肺結核になった記録が残っているといいます。)
病原体に感染して、発病した人も、発病しなかった人も、生き残ったのは細胞免疫の力と、血中抗体を速やかに産生したからであり、その細胞免疫と抗体産生能力は遺伝子によって次世代に遺伝し、次第に細胞免疫と抗体産生能力を持つ人が増え、感染してそのときに中和抗体がなくても、細胞免疫が感染を阻止または遅らせ、潜伏期間中に速やかに抗体を産生するために発病に到らず、もしくは発病しても脳炎症状が出ずに軽快し、日本脳炎発病者が減少したのです。この状態を、日本人と日本脳炎ウイルスとの間に、適応関係が成立したといえます。そして日本人では、世代の進んだ子どもでの発病は、激減しました。海外の流行地での、日本人の発病も無いのはこの理由からです。高齢者はそれを受け継いでいないことが多いし、ワクチンも接種していないことが多いから発病しやすいし、高齢化などで免疫力の落ちた人が発病しやすいので、現在感染する人はほとんどが高齢者で、死亡者も高齢者です。
こうして、多くの犠牲の上に、生き延びた人間の子孫は、遺伝子に組み込まれた能力によって、ヒトと日本脳炎ウイルスとの適応関係(社会的、文化的、経済的、環境的、免疫学的)を作り上げたのです。不顕性感染が高いということは、人間の側に免疫能力ができ、それが遺伝されていることを示しています。これを、人間の環境に対する適応と考えます。
Ⅳ.日本脳炎不活化ワクチンの有効性が証明されていない
日本における不活化ワクチンの有効性を、証明したデータはありません。ワクチンの接種による中和抗体の上昇効果については、多くの報告がありますが、疫学的データはありません。
日本でも現在、新ワクチンを開発し、導入をしました。しかし、その有効性を示す野外実験などの根拠はありません。すべて、血液中の抗体検査だけです。
ウイルスに対しては、細胞免疫が有効で測定する方法は開発されてきましたが、まだ一般化されてはいません。自然感染の場合には、中和抗体が出来ていれば細胞免疫もできていると仮定されて、中和抗体の測定で代用されているに過ぎません。過去、日本製ワクチンの台湾での野外実験でも有効性は確認されませんでした。タイでの野外実験では、やや有効という程度であったし、日本人とタイ人では、日本脳炎ウイルスに曝露されている期間が違い、バイアス(間違った結論を引き出す要因)が多く、日本人にそのままあてはめられません。それは、日本人の自然感染しての発病率が5、000人に1人以下(計算不能)であるので、統計上の比較にならないからです。
抗体の持続も1年間中止で16%、2年間中止で22%、3年間中止で26%が陰性になるといいます。しかし、5年間日本脳炎ワクチンの接種を控えていたのに、患者数は増えていないし、特に抗体を持っていないはずの小児に発病者が増えていません。
小児の日本脳炎患者数は、平成18年、19年に各1名、平成20年0、平成21年2名、平成22年1名、平成23年2名、平成24年0、平成25年0でした。その後も、小児の日本脳炎の発病の報告を聞いていません。
Ⅴ.ワクチンの副作用
1991~2005年までに、重症例4例を含む13例のADEM(急性散在性脳脊髄炎)が認定されていました。さらに重症例1名が発生したため、2005~2009年まで、積極的勧奨差し控えがされ、一時中止となりました。
その後、患者数は、2005~2013年までに54人(年8人弱)で、うち14歳以下の小児は6人でした。死亡、後遺症の報告はされていません。
一方、新ワクチンになっても、副反応は、2009~2014年にADEM(急性散在性脳脊髄炎)が23人出ています。これ以外にも、脳炎・脳症などの神経障害も出ています。ほか死亡例2人でした。
Ⅵ.もうワクチンを廃止すべきです
このように、ブタの抗体検査で、日本脳炎ウイルスはいて、抗体保有者は減少しているのに、発病者はこどもにはほとんど出ていず、発病者のほとんどが70歳以上で、しかも少数であり、逆にワクチンの被害者が出ていて、日本脳炎患者数を上回り、しかも、被害者が必ずしも救済されていない現状では、日本脳炎ワクチンを廃止すべきです。