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高原からの馬便り~つぶらな瞳に癒されて~

2012-08-30 | 小さな旅の思い出


前回から引き続き、開田高原での様子をお伝えします。

雨のぱらつく中、 「大丈夫かぁ~?」なんて

心配されながら出かけて行ったのですが

「大丈夫、雨は止むから!車から降りてる間は降らないから!」

そういい続けて、目的の場所に着いた時には


青空が覗いていました。



今回の一番の目的は、ここ 「木曽馬の里」 (公式ホームページ)

乗馬体験に来たのでした。

緑の芝に、白樺、お天気が良ければ霊峰御嶽山も望むことのできる

素晴らしいロケーションの牧場です。

木曽馬は、「日本和種」と呼ばれる日本の在来馬で、中型の馬です。

歴史の上では、西暦503年安閑天皇の時代には

すでにこの辺りで育てられていたそうです。

木曽義仲が活躍した時代には優れた軍馬として知られていました。

江戸時代には、武士の馬として、商品の運搬として活躍していました。

体高は140cm弱、厳しい自然環境の山間の高冷地で育った木曽馬は

温厚な性格の上、強靭で粗食に耐え、険しい山道も難なく上り下りできると言います。

農家で家族同然に育てられ、病気になれば見舞いを贈るのが当たり前だったのだそうです。

そんな暮らしが、温厚な性格を育てることになったとも言われています。

明治時代には、その数7000頭にまで達していたそうです。



こんな風に頭を撫でても、じっとしています。

厩舎の馬にカメラを向けると、みな一斉にこちらを向いてくれます。

まるで、人間の話に聞き耳を立てているかのように

つぶらな瞳で、こちらをじっと見ていたりします。

そんな姿か、とても愛らしいのが木曽馬なのです。





ところが、昭和に入り軍用馬としては不適格とされ

外国種の雄馬を輸入し、大型の馬へと改良を推進させることになりました。

日本和種同士の交配は禁じられ、

昭和18年を最後に、木曽系種雄馬は最後の一頭にまでなってしまったのだそうです。

昭和21年、御神馬(ごしんめ)として神社に密かに残されていた純系木曽馬の雄馬をもとに、

復元と保護育成事業が始められました。

昭和44年には「木曽馬保存会」が結成され、一時50頭以下に減少してしまった木曽馬も

現在では木曽地域に約70頭、全国では約100頭が保護・育成されているのだそうです。



開田高原の街灯にはこんな飾りがついています。



御嶽山木曽馬の描かれた鋳物です。

この地方に住む人たちにとって大切な存在であることがうかがえます。



そして、木曽馬の里から御嶽山に向かってしばらく行くと

立派な古民家、県宝・山下家住宅と開田考古博物館があります。

山下家は先祖は、代々「伯楽」と呼ばれた馬の医師でした。。

江戸時代は、庄屋・鍛冶屋とともに村の三役を務めた大馬主でもありました。

南信州に多く見られる本棟造りで、緩やかな勾配の板葺や根(現在は鉄板葺)で

雀がえし(雀踊り)と呼ばれる棟飾りと立派な懸魚がついています。

仔馬一頭の代金の半分で普通の農家が一年暮らせた時代に

250頭の親馬を持ち、年に100頭の仔馬を売ったと記録されています。

この家の中には、当時この功績をたたえ天皇陛下から贈られた表彰状が

多くかかげられています。

この家が建てられた時代は、木曽五木を民家に使用することが禁じられていました。

そのため、桧や杉は一切使われていません。

松や栗などでできています。

これほどの家をこれらの木材で作るというのは、材料をそろえるだけでも

至難の業、いかにこの家が資産家であったかを表しています。

   
【棟に取り付けられた雀がえしと懸魚】    【本棟造りの山下家】
      

【座敷の書院に付けられた組子細工の障子】      【松の木の描かれた欄間】

見事な組子細工には、目をみはるばかりです。

隣の座敷の欄間には、松並木と帆掛け船が透かし彫りにされています。

松といえば、松竹梅の、一番高級という意味があります。

私の勝手な想像ですが、桧や杉を育てていながらそれを1本たりとも

切ることが許されなかった木曽の人々。

その桧や杉を使わずして、松をふんだんに使った家を建てたこで

どうだ!という思いがあったのではないでしょうか。

この家の懸魚には、松の飾りが添えられていました。


     

隣に立てられた蔵造りの考古博物館には、旧石器時代から縄文時代の歴史遺産が豊富に展示されています。

縄文時代の人々の暮らしが再現されていてます。

およそ3万年から1万年前に、この開田高原に暮らしていた人々は

いったいどこから、どのようにしてここにやって来たのでしょう。





【木曽馬の里の隣にあるブルーベリー畑】



長閑な風景の中で、悠々と草を食む馬たちを眺めていると

癒されると同時に、人間の身勝手さに翻弄されて来た馬たちに申し訳ない思いが湧いてきて

一層、愛おしく思えてくるのでした。

   
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