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青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

ピンク・トライアングルの男たち

2015-03-04 07:13:26 | 日記
ハインツ・ヘーガー著『ピンク・トライアングルの男たち』は、KZ(ナチ強制収容所)に6年間囚われていたある同性愛者の心身を襲った凄まじい差別と虐待の記録である。
序文では「著者は本書に描かれた虐待を自ら体験したものではないが、ピンク・トライアングルをつけた数少ない生き残りであるひとりの男が語り明らかにしたことがらを、そのまま文章に再現すべく力を尽くした。」と記述してある。しかし、巻末の訳者の付によると、本書は、著者ハインツ・ヘーガー(匿名)が語り手のオーストリア人に託して、自らの体験を報告したものであることが明かされているのだ。このような形をとったのはなぜか?また、本書の出版が1972年と解放から27年も経ってからのことであるのはなぜか?
1934年のレーム粛清(長いナイフの夜)の後、ナチス・ドイツ国家では同性愛取締法が強化された。新たに刑法175a条が追加され、判決は一段と厳しいものとなった。当時のドイツには約200万人の同性愛者が存在したのであるが、そのうち2~30万人がピンク・トライアングルをつけKZに囚われていたことは、ほぼ確実である。そして、終戦間際には相当数が戦線に送られた。
KZにおける囚人のカテゴリーは次のとおりである。
黄色はユダヤ人     黒は非社会分子
赤は政治囚       紫は聖書研究者(エホバの証人)
緑は刑事囚       青は亡命者(ドイツおよび占領地で捕まったドイツ人亡命者)
ピンクは同性愛者    茶色はジプシー
ピンク色の印は遠くからでもはっきり分かるようにとの意図で他の印より2、3センチ大きく作られていた。ピンク・トライアングルの男たちは「頽廃的人間」として、KZのヒエラルキーの最下層におかれ、最も過酷な労働につかされ、人体実験の被験者にされ、同じ囚人達からでさえ暴力と侮辱をぶつけられた。読んでいるのが辛くなるほどの凄まじい苛め、拷問、凶行の中、ピンク・トライアングルの男たちは命を落としていった。ヘーガーは、次々に有力なカポと愛人関係を結ぶことで生き延びることが出来たと告白している。その臨機応変な対応と、「生き延びたかった」という強烈な意志に心を打たれる。
現在、ナチス関連の書物は数多く出版されている。それらの書物には必ずユダヤ人や政治囚、そしてジプシー(シンティ・ロマ)についての記述があるが、ピンク・トライアングルの男たちについて言及されることは稀である。なぜか?
他の色の囚人の生存者が終戦とともに、己の受けた非道な仕打ちを訴えることが出来るようになった一方で、ピンク・トライアングルの男たちには戦後も長い間、刑事犯としての迫害、社会的な蔑みが続いていたのである。ヘーガーはゲシュタポに連行された日以来、父には二度と会うことが出来なかった。父は強制退職に追い込まれ、周囲からの誹謗中傷に耐えきれず、自殺してしまったのである。ヘーガー自身も帰郷後、近所の人々からホモのKZ囚人であったと避けられ続けた。ドイツとオーストリアで収容所拘禁の補償を求めて、いくつもの訴訟を起こしたが、すべて敗訴した。同性愛者の迫害は当時の刑法に違背しないとして補償を認めなかったのである。
刑法175条の同性愛禁止法は戦後も存続した。旧西独では1960年代末、同性愛の犯罪扱いをやめ、70年代に段階的に改正し、旧東独では1968年に175条a項が廃止され、1994年にようやく全廃された。オーストリアで反同性愛法が廃止されたのは1971年である。
ヘーガーは語る。「ウィーンであれ他の場所であれ、われわれ同性愛者が、いくら真面目に生活を送ろうとも、同胞からの蔑視、社会における排斥、差別を受けるという状況は三十年前、五十年前と少しも変わらない。人類の進歩は私たちを置き去りにしてしまった。」
同性愛者への迫害は、KZという特殊な世界のみで行われたものではない。ナチスの蛮行以上に、ナチスを選んだのは大衆であるという事実が恐ろしい。昔も今も特定の人々に対する排斥運動は、大衆の支持なくして実行することは出来ない。権力者だけではない、我々一般人のすべてが加害者となり得るのである。
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