うちの会社では明らかに僕よりも出世しそうな後輩が、起業のために会社を辞することになった。もともとが独立志向が強かったし、よくも悪くも大企業的なのりと中小企業的なの両方をもっていたし、WEB2.0的な部分ではいろいろ取り上げられたりと、まぁ、タイミング的にも本人的にも「独立」することは非常にめでたいこと。できる限り応援したいと思う。
企業においても、時代の先が見えないということもあって、ただ決められた業務を確実にこなせるだけの人材ではなく、「起業家精神」をもった人材が必要と言われている。実際、良くも悪くも業務における派遣社員やスタッフの比重はどの会社でも大きくなっており、「経験知」が必要な分野を除けば、決められたことを実行するだけであればスタッフで十分という業務も多い。「何かを生み出す」ことがなければ、社員であることのアイデンティが問われる時代になったのだ。
そんなこともあって企業内起業家が求められているのだろうが、彼らは独立する「起業家」とは、やはり根本的に違うのだろう。
僕自身、「社長」願望や(必要以上に)「金持ち」への願望が少ないこともあって、あまり独立ということは考えたことがないのだけれど、この僕から見てても、企業内で「起業家」たろうとした人間が必ずしも「起業家」として似合っていないと思うことも多い。組織の中にとどまることと独立することは、「起業家精神」とは別の次元で厳しさや現実感覚、「妥協」や「怪しさ」を含めた鵺的感覚が必要なのだと思う。
企業の中で起業家であろうとすることは、極端な話、リスクに対する「甘さ」がどうしても付きまとう。面白いアイデアがあって、いい企画書を書いて、上司や社内で了解してもらえれば、極端な話、それですむ。結果、成功すれば、万々歳だし、失敗したからといって、煮たり焼いたりされるわけではない。少なくとも責任を問われる立場でない限り、「やったもん勝ち」的な世界観から逃れられない。
しかしいざ、会社を立ち上げれば、その事業の成否しだいで、家族や従業員の運命が決まる。何でもかんでも勝負をすればいいわけでもなく、「勝つ」ことと「負けないこと」とその両方を見極めながら勝負をしていかねばならない。
たとえば面白いアイデアがあるとする。大きい会社であれば成功するかどうかはわからないけれど、他社に先駆けて大量の投資を行い、先行者メリットを活かすという立場に立つこともできるし、様子を見ながら市場が立ち上がった段階で大量投下にて自らのポジションを築くということも可能だろう。しかし、自ら起業した場合、どのタイミングにどれくらいの資本を投下するかというのはまさに死活問題だ。早すぎれば犬死し、遅すぎれば出番がない。そうしたタイミングを見極める目というのも企業内起業家と独立した起業家ではシビアさが違う。
企業内起業家であれば、そうした「資本」という部分のリスクはある程度緩和されるが、当然、彼らが本来求められているのはそんな「甘さ」ではない。期待される収益は事業として「黒字」だからよしといった(独立系起業家では許容される)レベルではすまされないし、またさまざまなしがらみがあって自らが打ち立てる「ビジョン」そのままというわけにもいかないかもしれない。しかしそうした既存のリソースや他の事業との連携などを活かしつつ、より大きな何かをしたいと考えるのであれば、企業内起業家という選択肢は申し分ない。
マイクロソフトにしろ、appleにしろ、googleにしろ、youtubeにしろ、それぞれが立ち上げたときはそれほどの資本もなかったかもしれないが、今、それぞれに競争しようという日本の企業はある程度の資本力をもった企業となる。その状況だけみても、「流行」のことを追いかけているだけであれば企業内起業家であればよく、独立系であることはさらに先を見越した「アイデア」や「ビジョン」が必要なのだろう。
まぁ、もっともとりあえず起業し、IPOをして、ストックオプションで稼いで、後は悠々自適の生活を送ることが目的だというなら、それこそあまり短期的に成果をあげることを考えればいいのだろうけど。しかしどうせ立ち上げるのであれば、夢はgoogleやマイクロソフトを目指すくらいの勢いでやって欲しい。
企業においても、時代の先が見えないということもあって、ただ決められた業務を確実にこなせるだけの人材ではなく、「起業家精神」をもった人材が必要と言われている。実際、良くも悪くも業務における派遣社員やスタッフの比重はどの会社でも大きくなっており、「経験知」が必要な分野を除けば、決められたことを実行するだけであればスタッフで十分という業務も多い。「何かを生み出す」ことがなければ、社員であることのアイデンティが問われる時代になったのだ。
そんなこともあって企業内起業家が求められているのだろうが、彼らは独立する「起業家」とは、やはり根本的に違うのだろう。
僕自身、「社長」願望や(必要以上に)「金持ち」への願望が少ないこともあって、あまり独立ということは考えたことがないのだけれど、この僕から見てても、企業内で「起業家」たろうとした人間が必ずしも「起業家」として似合っていないと思うことも多い。組織の中にとどまることと独立することは、「起業家精神」とは別の次元で厳しさや現実感覚、「妥協」や「怪しさ」を含めた鵺的感覚が必要なのだと思う。
企業の中で起業家であろうとすることは、極端な話、リスクに対する「甘さ」がどうしても付きまとう。面白いアイデアがあって、いい企画書を書いて、上司や社内で了解してもらえれば、極端な話、それですむ。結果、成功すれば、万々歳だし、失敗したからといって、煮たり焼いたりされるわけではない。少なくとも責任を問われる立場でない限り、「やったもん勝ち」的な世界観から逃れられない。
しかしいざ、会社を立ち上げれば、その事業の成否しだいで、家族や従業員の運命が決まる。何でもかんでも勝負をすればいいわけでもなく、「勝つ」ことと「負けないこと」とその両方を見極めながら勝負をしていかねばならない。
たとえば面白いアイデアがあるとする。大きい会社であれば成功するかどうかはわからないけれど、他社に先駆けて大量の投資を行い、先行者メリットを活かすという立場に立つこともできるし、様子を見ながら市場が立ち上がった段階で大量投下にて自らのポジションを築くということも可能だろう。しかし、自ら起業した場合、どのタイミングにどれくらいの資本を投下するかというのはまさに死活問題だ。早すぎれば犬死し、遅すぎれば出番がない。そうしたタイミングを見極める目というのも企業内起業家と独立した起業家ではシビアさが違う。
企業内起業家であれば、そうした「資本」という部分のリスクはある程度緩和されるが、当然、彼らが本来求められているのはそんな「甘さ」ではない。期待される収益は事業として「黒字」だからよしといった(独立系起業家では許容される)レベルではすまされないし、またさまざまなしがらみがあって自らが打ち立てる「ビジョン」そのままというわけにもいかないかもしれない。しかしそうした既存のリソースや他の事業との連携などを活かしつつ、より大きな何かをしたいと考えるのであれば、企業内起業家という選択肢は申し分ない。
マイクロソフトにしろ、appleにしろ、googleにしろ、youtubeにしろ、それぞれが立ち上げたときはそれほどの資本もなかったかもしれないが、今、それぞれに競争しようという日本の企業はある程度の資本力をもった企業となる。その状況だけみても、「流行」のことを追いかけているだけであれば企業内起業家であればよく、独立系であることはさらに先を見越した「アイデア」や「ビジョン」が必要なのだろう。
まぁ、もっともとりあえず起業し、IPOをして、ストックオプションで稼いで、後は悠々自適の生活を送ることが目的だというなら、それこそあまり短期的に成果をあげることを考えればいいのだろうけど。しかしどうせ立ち上げるのであれば、夢はgoogleやマイクロソフトを目指すくらいの勢いでやって欲しい。
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