明日の6:30から、東京アンテオケ教会では「いやしの集い」があります。
病のいやしから、人間関係のいやしのためにも、無料でお祈りします。
私たちは、病院や薬を否定するのではなく、それも続けながら神様のいやしの力が働くようにお祈りするのです。聖書では「病人に手を置けばいやされます。」とありますし、イエス様が私たちの罪の身代わりに十字架にかかってくださったとき、「彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。・・・彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」と書いてあります。
いやしの土台は、イエス・キリストの十字架です。
他の方々がかかった十字架ではなく、神の独り子で、神であり人となられた罪の無いイエス様のかかられた全人類の罪の身代わりの十字架しかないのです。
キリスト教の学校に行き、牧師の家に住みアメリカの教会に通っていた姪は、この「全人類の罪の身代わり」ということを知ってはいましたが、そこに自分が入るということは分かっていませんでした。
昨年、その話をしたとき、初めて自分の罪のためでもあったと言うことがわかったそうです。
感謝ですね。