おはようございます^^
暖かくなりましたねぇ ^^ このgooブログの中でも 春らしく桜の写真がいっぱい載っています。
私は 写メールはできますが、一眼レフなんかを使ったプロ裸足のような写真など とてもとても…
それでも 本欄の片隅に載せているのは 何も無かったら寂しいから という枯れ木も山の賑わいのレベル。
お、きれいやなぁ、と思った写体をそっと撮って毎日だと大変ですから十日分ほどを一遍にやってしまいます。
それでも同じ写体を 角度を変えたりといくつか写して あとで見直して選考します。
まぁ 自身で見ることになるのですが、批評もなにも これがマシかなぁ というだけで選んでいますから
十日分と言っても 僅か十数秒で選別しますから 大したものは載っていません。
私はその分 文筆で勝負だ、という気概を持っていますが(照笑)果たして読者の皆様の評価は如何でしょうか^^
さて、前置きはこれくらいにして昨日の続きをお話ししましょうか。
パチンコ業界は三十数年ほど前に出たフィーバーという機種が出たことで それまでのチビチビした薄暗いイメージだったのが
明るく派手な点滅する電飾を使って開放的な遊びに変わっていったのでした。ただ、どう変わったといってもお金を出して
勝てばお金が戻って来る制度は不変でして、これがお菓子や食料品だけしか換えられなかったらとっくの昔に無くなっていたでしょう。
昨日も話しましたが バクチは悪い…国や官公庁が法令順守を建前に指導をするのなら 公営ギャンブルは何なんだ、パチンコ屋
は勝ったら堂々と換金できるやん、と言いたい!
本音と建て前があるのは俗な世間とりそうの狭間から生じた人間の生臭い部分かもしれません。
これを クルマのハンドルの遊びに例える人もいますが何かにつけ規則で囲いたい人種と大ぴらに過ごしたい人種がいる以上
これらは追っかけ合いになるのでしょうか。
ただ 規則を守れ~と追いかけて ハッと振り返ったら 違う人が自分を追いかけていたという笑えない話もあるのです。
さて、なかなか昨日の続きに入れませんでしたが ようやく入っていこうと決意を結びました。
そもそも私はパチンコなる遊戯は好きではありませんでした。何故ならパチンコは負ける=損をするというイメージ 先入観が
ありました。店員さんも 男性は何処かチンピラっぽい人が多かったような記憶がありました。そしてカウンターにいる女店員
さんは 当時素人なら絶対しなかった錆びた茶髪で目の周りはドス青いマスカラを塗りたくっていたし なにかくわえタバコが
似合う ヤンキーねえちゃん… (註)これは30数年の筆者が持っていたイメージですから現実とは隔離していました…
そんなことで 私は負けても傷の浅い千円札を一枚持って いざ、いざ、自身を鼓舞しながら入店(笑)して行きました。
当時のパチンコ店は、都心部を除けば駅前店から郊外店に様変わりをしていました。それはモータリゼーションの全盛に
合わせていて、クルマ主体の行動規範をパチンコ業界は敏感に察知していたのです。
ですから 私が行ったパチンコ店も違(たが)わず こんな田んぼの真ん中にネオン ギラギラ デパート顔負けの
白亜の殿堂を真似た建物…いえ、建造物がド~ンとあって しかも駐車場なんかもどれだけ停められるんや
というくらい広大なものでした。
そんなところへ 高校以来のズブの素人がたった千円札一枚をもって 頼もう! と門を叩いたのです。
当時パチンコ業界には勝つことの制限がありました。一台のパチンコ台にはその勝つ…出玉の予定制限が設けられていまして
金額に換算をしますと ざっと一万三千円くらいでした。(私の感覚です) この金額を現代に直してみますと約四万円くらいかと……
ですから私がポケットに忍ばせた千円も三千円くらいだったのでしょうか^^
兎にも角にも 私はフィーバーなるものを体験してみんなの茶話会の中に入いりたいと思っていました。
パチンコの遊び方は まず持参したお金をパチンコ台で使う銀玉に換える事から始まります。
以前は百円で33個の銀玉が交換できました。それが当時は(今から35年ほど前)どれくらいだったか失念をしましたが
兎に角 持っていた千円の内五百円分を銀玉に換えて 適当な席に着きました。
この頃…いえもっと前でしょう、パチンコをすることを 打つと言いますが、昔は右手の指で銀玉を一個ずつ
打っていました。それが いつの世からか それが自動になりまして たぶんゼロタイガーあたりからだと思うのですが
台の下側のダイヤルに手を触れたら 機械がリズミカルに打ってくれるのです。ですからこっちは右手でハンドルを握って
パチンコ台を眺めているだけでした。それからしばらくすると 右手を添えなくてもハンドルにコインを挟むと
固定されたので機械が勝手に銀玉を打つようになりました。
こうなると自身で打たなくていいのでタバコをふかすか、コーヒーでもチビチビやるか横のおっちゃんと駄弁(だべ)るか
まぁ手持無沙汰になってパチンコで勝つか負けるか は座った台の運、昔みたいな技量が発揮できることが出来なくて、
パチプロなる技術者はその時に絶滅したのではないでしょうか。
そんな訳で久しぶりに行ったパチンコ店はフィーバー人気の所為(せい)か帰りのサラリーマンでごった返していました。
私はほとんどこのフィーバー台について知識がありませんでしたが、唯一高校生の時やっていたパチンコ台の並びや
なんやかんや 変わっていなかったので 座って銀玉を台の中に流して自動のハンドルを適当なところに合わせて
ぴょんぴょん弾かれる銀玉を眺めていました。 そして自動で打つ狙いが安定してくると 手持無沙汰になります、
私はスーツのポケットからタバコを取り出すと 一本取り出して 徐(おもむろ)に火を付けました。
その間も台から目を離すことはありませんが二服吸ったところで タバコの灰が出来て これを叩(はた)いて
落とさなくてはなりません。 床に落としてもいいんですが、そこはジェントルマンを自称していた私は
台から目を離すと灰皿を目で探しました。灰皿はすぐに分かり ポンポンと灰を落としてそこらあたりをボゥと眺めていたら
♪パンパカパ~ン と派手な音楽が鳴りました。隣のおっちゃんの台がどうやらかかったみたいです。
ほぅ~私はこれがフィーバーなんか とぼんやり見ていました。しばらくして
…ん、 私は慌てて自分の台を見ると あらら…真ん中にある枠のなかの数字がクルクル廻って色んな数字が並びます。
最初 なんでこんなランダムな数字が出るんだろう と思いましたが、三桁の数字 333若しくは 777と揃うと
あとは銀玉が入りっぱなし状態になってタバコを吸いつける間に規制の予定を終えて一万三千円ゲットとなるのです。
私は目の前のスロットルがグルグル回るのを眺めていますと、カチャ と音はしませんが、7 がでました。
それを追うように真ん中がカチャと止まって7、それから三つめが続いてカチャと止まって 7
私の目の前に 777 が並びました。 ぽわぁ~ 私の頭の中で こんな金属音がすると パチンコ台の下のところのが
カパッと開きました。銀玉はそれに吸い寄せられるように中へ落ちていきます。
それから見る見るうちに受け皿に出玉が溜まってきて山盛り状態になりました。私はどうしていいのか分からず 兎に角
打たなきゃぁ とハンドルを握りしめていました。すると横から人の手が入って来て、お客さん、下を開けて下さい、
と必死な声がして受け皿の銀玉をザザザッと箱の中へ落としました。 パチンコ台ってうまい仕組みになっていまして
受け皿に溜まり過ぎると機械自体が止まってしまうんですね。止まれば銀玉を打つことも無くなりせっかくかかった
フィーバーも無効になってしまいます。 そんなことは以前のパチンコ台にもあった仕組みですが、こっちは長いブランク
がありましたし いきなりフィーバーになってしまって もう アップアップの状態でした。
それからはハンドルを握りつつ 受け皿の銀玉を下の箱…ドル箱と呼びますが そこへ落としていく作業で精一杯でした。
お客さん お客さん終了です、声を掛けられて ふぅと我に返ったら いつの間にかドル箱に銀玉がいっぱいになっていました。
その時のドル箱のずっしりと重さ、手応えが何とも得ない エエ気分でしたね^^
このフィーバーはかかればもう嵐のような凄まじさで終了まであっという間でした。
私は換金をして思わず大金を手にしてホクホクで帰りました^^たった千円でこれだけの成果。
会社のみんながウキウキしながら喋るはずだ、と私も納得をしたのですが これで終わりとはならず
何年かパチンコに嵌ってしまいました。
ギャンブルには ビギナーズラック という言葉があります。私はあの時千円だけと決めてパチンコをしました。
そしてその千円でフィーバーが掛かってパチンコに溺(おぼ)れてしまいました。 もし もしも あの時千円を使って出なかったら
お仕舞いにして二度とパチンコ店に足を運ぶこともなかったでしょう。
今だから思うのですがビギナーズラックは存在するんだなぁ、ひょっとしてあれはギャンブルの神様のいたずらだったのか…
遠い昔の懐かしい想い出 でした。