ブログ「福田::漂泊言論」さんから、エントリ『小倉さんへの異論が批判力を持たない理由』をトラックバックしていただいた。
文中ではいろんな論点が提示されており、あれこれ考えるきっかけになった。やはり他人の異論を聞けるのは有益だ。
では結論を先に言おう。こうした小倉さんへの擁護論には説得力がない。その理由は「誰のための実名制か?」という根本的な疑問を、無視できない数の人が抱いているからである。
では読ませていただいたエントリ『小倉さんへの異論が批判力を持たない理由』の文脈を追いながら、考えてみよう。
まず第一の疑問は、ブログ「福田::漂泊言論」さんの現状認識である。同エントリでは随所に気になる表現が散りばめられている。そこで文頭から順に【ポイント】として上げていく。各引用文の下段の文章は、私の感想とツッコミである。
【ポイント1】
単に「異論を唱えている方々がおられます」とお書きになればいいのに、なぜわざわざ「一部の方々が」と付け加えるのか?
こういう表現を見ると、「小倉さんに異論を唱えているのはごく一部の人にすぎない」というイメージを読み手にあたえようとしてるんじゃないか? てな既視感にとらわれる。そう。小倉さんがよくお使いになる印象操作って言葉である。
もちろんどういう意図でこうお書きになっているのか不明だ。なので、どうか気を悪くしないでいただきたい。少なくとも外から見ればそう見える、というお話である。
【ポイント2】
これも第一のポイントと同じだ。「社会全体」などと、あたかも社会の構成員すべてが「匿名の暴力」にうんざりしているかのような書き方をされている。さすがに誇張がすぎるだろう。
ん? 誇張? ああ、またも既視感がワラワラと……。まあいいや。で、「社会全体」とお書きになる以上は、独自に統計でもお取りになったのだろうか? いや別に皮肉や非難じゃなく、素朴な疑問である。なぜなら少なくとも私自身には、「匿名の暴力にうんざりしている」実感がないからだ。
もちろん私のブログのコメント欄にも、小倉さん流に言えば「コメントスクラム」な皆さんがたくさんお見えになることはある。たとえばこの欄とか、こことかね。
けどこのテのお客さんが大量に来ても、私みたいに平然とコメントを公開してスルーする人間もいる。(しかも私は小倉さんが主張されている実名でブログをやっている)。
一方、かと思えばパニックに陥り、「コメントスクラムだ」、「私が反論できない大量のコメントはハラスメントだ」、「匿名者による不当な暴力を許すな」と騒ぐ人もいる。人間には2種類いるのである。
で、前者の人間から見れば、「匿名の暴力を防ぐために実名制度を導入しよう」と言われても実感がわかない。「それって誰のためにやるの?」と思ってしまう。もしかして、「私が反論できない大量のコメントはハラスメントだ」とおっしゃるごく一部の方々のためにやるんでしょうか?
【ポイント3】
またもや「社会全体」なる言葉をお使いになっている。第一、第二のポイントにも書いたが、あたかも国民すべてが「匿名の暴力」にうんざりしているかのような表現だ。
こうした誇張や極論、論理の飛躍は、私がエントリ『小倉さん、論理の飛躍は計画的に』で指摘した通り、小倉さんの論法に驚くほど似ている。
私から見れば「またコレか?」と思うだけだ。
私には「社会全体がうんざり感にとらわれている」てな実感がない。だから失礼ながら、このエントリにはまるで説得力がない。
もっとも「うんざりしている」のは社会全体じゃなく、【ポイント2】で上げた「私が反論できない大量のコメントはハラスメントだ」と叫ぶごく一部の方々だとおっしゃるなら意味はわかるが。
【ポイント4】
ここでも、あたかもそれが既成事実であるかのように「もはや現状維持はできない状況だ」との論旨でお書きになっている。だけどいったいこれは誰の認識なのか? 少なくとも私は匿名と実名が混在する今のままでいいと思うし、無視できない数の人々が同様に考えているだろう。
もちろん私はネット上の暴言被害をなくしたいと思う。前述の通り私自身も被害を受けているし、無視できない問題だと思う。だが少なくともそれはインターネットの実名化によってではない。
【ポイント5】
またもや「現状維持できない状況にある」ことが、既成事実であるかのようにお書きになっている。だけど私はそう思わないのだ。だから「多くのネットユーザが否定している(かつ、実際にデメリットが大きい)実名主義」と書いたのである。
ひょっとしてブログ「福田::漂泊言論」さんは、インターネットの実名化が絶対に避けられない必須の路線だと認識されているんだろうか? だとすれば私の認識や、私が書いた原稿と結論が大きく食い違うのは当然だ。
とすれば「インターネットの実名化が絶対に避けられない」とお考えになっているのは誰なのか? それらの方々はどこに、何人おられるのだろうか?
【ポイント6】
繰り返しになるが、私は消極的・現状維持派だ。だから別に現システムのままでもいいし、実名化以外の良い方策があるならそれでもいい。
私は「絶対にシステムを変えなければいけない」なんて思ってないのだ。ゆえに積極的に対案を出そうなんて気は毛頭ない。というかそのテのシステム論には正直、まったく興味がない。だから書かない。それだけの話だ。
【ポイント7】
はい、その通りです。繰り返しになりますが、私は消極的・現状維持派です。で、ここでもまた「『匿名の暴力に対して社会全体がもううんざりしている』という現実があるわけですから」と決め付けているが、うんざりしているのは誰なのか? いったい誰のための実名化なのか? 次の項で私の考えを述べよう。
【まとめ】
仮に実名制度がネット上に導入されれば、少なくない数の才能あるネットユーザがブログをやめてしまうことが予想される。彼らの文章を読めなくなるのは大きな痛手だ。損失は計り知れないと私は考える。
前回のエントリ『小倉さんの実名制は、能力があっても存在価値がゼロになる暗黒世界だ』でも書いたが、こうしたクリエイティビティの損失は深刻な問題だ。
とすればいったい、実名化は誰のためなのか? ひとつは芸能人など、リアル世界の有名人だ。もうひとつは大学教授や弁護士、作家など、リアル世界におけるエスタブリッシュメントである。
彼らエスタブリッシュメントが、リアルの世界で持っている権威や既得権益を、ネット上でも行使できるようにするためのシステムが実名制度ではないのか?
彼らがリアルの世界と同様、誰の反論も受けることなくネット上で発言するためのシステム。それが現状言われている実名制度ではないのか?
私は実名で仕事の原稿やブログを書いているから、私個人はインターネットが実名制になったとしても何ら変わりない。
だけど実名化のせいで、匿名だからこそ書かれていた無数の有益な文章、才能ある書き手が消えてしまうとしたらダメージが大きすぎる。ゆえに私はその観点から、実名制度に反対である。
【関連エントリ】
『インターネットの「リアル世界化」は正解か?』
『小倉さんの実名制は、能力があっても存在価値がゼロになる暗黒世界だ』
『小倉さん、論理の飛躍は計画的に』
『小倉さん、印象操作はほどほどに』
『匿名の心理、実名の心理~暴言の抑止力になるものは?』
文中ではいろんな論点が提示されており、あれこれ考えるきっかけになった。やはり他人の異論を聞けるのは有益だ。
では結論を先に言おう。こうした小倉さんへの擁護論には説得力がない。その理由は「誰のための実名制か?」という根本的な疑問を、無視できない数の人が抱いているからである。
では読ませていただいたエントリ『小倉さんへの異論が批判力を持たない理由』の文脈を追いながら、考えてみよう。
まず第一の疑問は、ブログ「福田::漂泊言論」さんの現状認識である。同エントリでは随所に気になる表現が散りばめられている。そこで文頭から順に【ポイント】として上げていく。各引用文の下段の文章は、私の感想とツッコミである。
【ポイント1】
小倉さんの、匿名問題を扱った幾つかのエントリをめぐって、一部の方々が異論を唱えていらっしゃいます。(※強調表現は松岡による)
単に「異論を唱えている方々がおられます」とお書きになればいいのに、なぜわざわざ「一部の方々が」と付け加えるのか?
こういう表現を見ると、「小倉さんに異論を唱えているのはごく一部の人にすぎない」というイメージを読み手にあたえようとしてるんじゃないか? てな既視感にとらわれる。そう。小倉さんがよくお使いになる印象操作って言葉である。
もちろんどういう意図でこうお書きになっているのか不明だ。なので、どうか気を悪くしないでいただきたい。少なくとも外から見ればそう見える、というお話である。
【ポイント2】
「匿名の暴力に対して社会全体がもううんざりしている」という現実があります
これも第一のポイントと同じだ。「社会全体」などと、あたかも社会の構成員すべてが「匿名の暴力」にうんざりしているかのような書き方をされている。さすがに誇張がすぎるだろう。
ん? 誇張? ああ、またも既視感がワラワラと……。まあいいや。で、「社会全体」とお書きになる以上は、独自に統計でもお取りになったのだろうか? いや別に皮肉や非難じゃなく、素朴な疑問である。なぜなら少なくとも私自身には、「匿名の暴力にうんざりしている」実感がないからだ。
もちろん私のブログのコメント欄にも、小倉さん流に言えば「コメントスクラム」な皆さんがたくさんお見えになることはある。たとえばこの欄とか、こことかね。
けどこのテのお客さんが大量に来ても、私みたいに平然とコメントを公開してスルーする人間もいる。(しかも私は小倉さんが主張されている実名でブログをやっている)。
一方、かと思えばパニックに陥り、「コメントスクラムだ」、「私が反論できない大量のコメントはハラスメントだ」、「匿名者による不当な暴力を許すな」と騒ぐ人もいる。人間には2種類いるのである。
で、前者の人間から見れば、「匿名の暴力を防ぐために実名制度を導入しよう」と言われても実感がわかない。「それって誰のためにやるの?」と思ってしまう。もしかして、「私が反論できない大量のコメントはハラスメントだ」とおっしゃるごく一部の方々のためにやるんでしょうか?
【ポイント3】
『現状維持』を連呼するだけではこの社会全体を覆う『うんざり』感を払拭することはできないわけです
またもや「社会全体」なる言葉をお使いになっている。第一、第二のポイントにも書いたが、あたかも国民すべてが「匿名の暴力」にうんざりしているかのような表現だ。
こうした誇張や極論、論理の飛躍は、私がエントリ『小倉さん、論理の飛躍は計画的に』で指摘した通り、小倉さんの論法に驚くほど似ている。
私から見れば「またコレか?」と思うだけだ。
私には「社会全体がうんざり感にとらわれている」てな実感がない。だから失礼ながら、このエントリにはまるで説得力がない。
もっとも「うんざりしている」のは社会全体じゃなく、【ポイント2】で上げた「私が反論できない大量のコメントはハラスメントだ」と叫ぶごく一部の方々だとおっしゃるなら意味はわかるが。
【ポイント4】
別に小倉さんの提案は完全無欠の策ではないわけですから(そもそも完全無欠の策などあり得ないわけですが)、「完全にカバーしきれない」だの「穴がある」だの言ってみたところで、「現状維持」をあっけなく手放さざるを得ない状況下ではそんなことあまり重要ではありません。
ここでも、あたかもそれが既成事実であるかのように「もはや現状維持はできない状況だ」との論旨でお書きになっている。だけどいったいこれは誰の認識なのか? 少なくとも私は匿名と実名が混在する今のままでいいと思うし、無視できない数の人々が同様に考えているだろう。
もちろん私はネット上の暴言被害をなくしたいと思う。前述の通り私自身も被害を受けているし、無視できない問題だと思う。だが少なくともそれはインターネットの実名化によってではない。
【ポイント5】
松岡美樹さん(が書いた/注・松岡)、(中略)「多くのネットユーザが否定している(かつ、実際にデメリットが大きい)実名主義」という表現は、「現状維持」をあっけなく手放さざるを得ない状況下では当てはまらない表現であると言えるでしょう。
またもや「現状維持できない状況にある」ことが、既成事実であるかのようにお書きになっている。だけど私はそう思わないのだ。だから「多くのネットユーザが否定している(かつ、実際にデメリットが大きい)実名主義」と書いたのである。
ひょっとしてブログ「福田::漂泊言論」さんは、インターネットの実名化が絶対に避けられない必須の路線だと認識されているんだろうか? だとすれば私の認識や、私が書いた原稿と結論が大きく食い違うのは当然だ。
とすれば「インターネットの実名化が絶対に避けられない」とお考えになっているのは誰なのか? それらの方々はどこに、何人おられるのだろうか?
【ポイント6】
で、松岡さんご自身がオルタナティブな策をご提案なさるのかと思いきや、結局次の小倉さんの実名制は、能力があっても存在価値がゼロになる暗黒世界だというエントリの中でも特になさっていません。
繰り返しになるが、私は消極的・現状維持派だ。だから別に現システムのままでもいいし、実名化以外の良い方策があるならそれでもいい。
私は「絶対にシステムを変えなければいけない」なんて思ってないのだ。ゆえに積極的に対案を出そうなんて気は毛頭ない。というかそのテのシステム論には正直、まったく興味がない。だから書かない。それだけの話だ。
【ポイント7】
しかも(松岡美樹は/注・松岡)「本来なら個のモラルに帰すべき問題に対し、システムや技術が必要以上に介入する危険性はないのか?」とまでおっしゃっています。
そもそも現状のシステムでは、個の発言の抑制機能として「個のモラル」に多くを依存し過ぎているからこそ「匿名の暴力」が蔓延り「匿名の暴力に対して社会全体がもううんざりしている」という現実があるわけですから、「本来なら個のモラルに帰すべき問題に対し、システムや技術が必要以上に介入する危険性はないのか?」というご発言は、「現状維持でいいのでは?」とおっしゃっているに他ならない言えるでしょう。(一部改行した)
はい、その通りです。繰り返しになりますが、私は消極的・現状維持派です。で、ここでもまた「『匿名の暴力に対して社会全体がもううんざりしている』という現実があるわけですから」と決め付けているが、うんざりしているのは誰なのか? いったい誰のための実名化なのか? 次の項で私の考えを述べよう。
【まとめ】
仮に実名制度がネット上に導入されれば、少なくない数の才能あるネットユーザがブログをやめてしまうことが予想される。彼らの文章を読めなくなるのは大きな痛手だ。損失は計り知れないと私は考える。
前回のエントリ『小倉さんの実名制は、能力があっても存在価値がゼロになる暗黒世界だ』でも書いたが、こうしたクリエイティビティの損失は深刻な問題だ。
とすればいったい、実名化は誰のためなのか? ひとつは芸能人など、リアル世界の有名人だ。もうひとつは大学教授や弁護士、作家など、リアル世界におけるエスタブリッシュメントである。
彼らエスタブリッシュメントが、リアルの世界で持っている権威や既得権益を、ネット上でも行使できるようにするためのシステムが実名制度ではないのか?
彼らがリアルの世界と同様、誰の反論も受けることなくネット上で発言するためのシステム。それが現状言われている実名制度ではないのか?
私は実名で仕事の原稿やブログを書いているから、私個人はインターネットが実名制になったとしても何ら変わりない。
だけど実名化のせいで、匿名だからこそ書かれていた無数の有益な文章、才能ある書き手が消えてしまうとしたらダメージが大きすぎる。ゆえに私はその観点から、実名制度に反対である。
【関連エントリ】
『インターネットの「リアル世界化」は正解か?』
『小倉さんの実名制は、能力があっても存在価値がゼロになる暗黒世界だ』
『小倉さん、論理の飛躍は計画的に』
『小倉さん、印象操作はほどほどに』
『匿名の心理、実名の心理~暴言の抑止力になるものは?』