改革の意思がない監督とそれを擁護するサッカーメディア
きのう行われた2026年北中米W杯・アジア2次予選の代表メンバー発表記者会見が、「やれやれ」なことになっていた。
ちなみに私はこの会見が開かれる直前に書いた
ブログ記事で、「欧州チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグ等と日程が重なり過密日程になるアジア2次予選をきっかけに、日本代表はAチームとBチームを作るべきだ」と唱えた。
そして対戦相手が日本とは大きくレベルの劣るアジア2次予選では、「国内組を主体としたBチームで臨むべきだ」と提案した。過密日程を避けて選手の消耗やケガを防ぐと同時に、将来の若い日本代表選手を育てるためだ。一石二鳥である。
森保監督が「2次予選は甘くない」と反論する論拠は?
すると、私の案とは相反して誰でも想像がつくガチなメンバーを発表した森保監督は、会見の席上、「2次予選はそんなに甘くない」と主張した。
そして「なぜ甘くないか?」を裏付ける傍証として2つの過去のケースをあげた。ひとつは次の通り、前回の予選におけるミャンマー戦での話だ。
「カタール・ワールドカップの予選の際も、ホームのミャンマー戦は10点取ったが、アウェーのミャンマー戦では2点しか取れなかった」
そして傍証の第二点として「アルベルト・ザッケローニ監督時代のアジア3次予選では、3勝1分け2敗という結果だった」という逸話を語った。
だから「2次予選は甘くないんだ」というわけだ。
まったく別のチームを例に挙げるのは論理が破綻している
では、わかりやすい2点目の論拠から反論しよう。いやいや、「ザッケローニ監督時代の予選では〇〇だった」などと、今とはまったく別のチームを例に挙げて「だから2次予選は甘くないんだ」などと論述しても根拠になってない。
だって、それは今とはまるでレベルが違う別のチームのお話なのだから。
では続けて森保監督が傍証として挙げた一点目の論拠へ行こう。繰り返しになるが、それはこういうお話だ。
「カタール・ワールドカップの予選のときもホームのミャンマー戦は10点取ったが、アウェーのミャンマー戦では2点しか取れなかった。ゆえに、2次予選は甘くないのだ」
いやいやカタールW杯における日本代表は、典型的な「カウンターのチーム」だった。だがその後、久保健英が台頭し彼がトップ下でゲームを作れるようになった今の日本代表は、例えば「ポゼッションでも勝てる」だろう。
つまり今の代表はカタールW杯における日本代表とは、まったく別のチームになっているわけだ。
今の冨安と遠藤、守田は「神レベル」だ
いや久保だけじゃない。今の代表にはカタールW杯当時にはいなかった、強力な右SBの菅原由勢もいる。それに冨安だって、カタールW杯当時とくらべれば格段に進歩した。いまや冨安はアーセナルで「神レベル」だ。
それだけじゃない。
遠藤航と守田英正のボランチ・コンビにしても、カタールW杯当時とくらべればもはや「別のコンビ」に進化したと言っていい。それとも森保監督は今年10月17日に行われ、日本が圧勝したあのチュニジア代表戦での遠藤と守田、冨安の3人のプレーぶりを見ておられないのだろうか?
いやいや、そんなわけはない。なにしろ現に森保監督ご自身が、あの試合を指揮しておられたのだから。
ポストプレイでひと皮むけて進化した浅野
おまけに森保監督のイチのお弟子さんでもあるFWの浅野拓磨も、10月シリーズのカナダ戦では「今まで彼が一度も見せたことがなかった」ような見事なポストプレーをしていた。
そんな浅野は、カタールW杯当時から長足の進歩を遂げたといえる。それとも森保監督は、「いや浅野はまったく進歩していない」とでもおっしゃるのだろうか?
こんなふうに要素を上げて行くと、カタールW杯当時と今の代表とではレベルやスタイルがまったく別のチームになっていることがわかる。
にもかかわらず森保監督はカタールW杯予選当時の日本代表のケースを例に挙げ、「アウェーのミャンマー戦では2点しか取れなかった。だから2次予選は甘くないんだ」などと、ヘンちくりんな例示をなさっている。
いや、それは今とはすっかり別のチームだった過去の時代のお話だ。挙げる例示や傍証が論拠になっていない。論理が破綻している。
なぜなら問題は、「今の代表はどうなのか?」なのだから。
炭鉱のカナリアは鳴かない
しかも笑ってしまうのは、森保監督が記者会見の壇上でこんな「トンデモ理論」を開陳しているのに、その会見に詰めかけたメディア陣からまったく異論が出なかった点だ。
いや、森保監督に反論しなかっただけじゃない。森保監督とナアナアで一蓮托生の彼らメディアは、きのう揃って自社が公開した代表メンバー発表会見の記事タイトルで堂々と「2次予選は甘くない」などという大見出しを立てて森保監督にこびへつらっている。
これでは岸田政権とベッタリ癒着し、岸田官邸のヨイショ記事ばかり書いている官邸メディアとまるで同じだ。
彼らは森保監督に嫌われたら商売上がったりなのである。
つまり「体制側」と利益を同じくしているヨイショ・メディアなのだ。
当然、彼らは森保監督に反論するどころか、「2次予選は甘くない」などと今回ガチのメンバーを選んだ森保監督を擁護する記事を書く。
こんなふうにメディアが自浄作用を失ったら終わりだ。
(唯一、過密日程で「ケガは考えないのか?」と森保監督に厳しく質問されていた記者さんが1人おられたが)
結局、彼らは、岸田官邸を取り巻く腐敗した記者クラブ・メディアが絶対に岸田首相を叩かないのと同じだ。そして彼らサッカー・メディアは、岸田首相を批判しないことで結果的に「日本を滅ぼそう」としている官邸メディアと同じことをしている。
炭鉱のカナリアは、鳴かなくなったら終わりである。
やれやれ、だ。