※アレサ・フランクリン「アメイジング・グレイス」1972年(予告編)
「このミュージシャンを当ててみようか?」
いま手元のApple Musicでアレサ・フランクリンのおよそ50年前のライヴ・アルバム「AMAZING GRACE」が掛かっている。
史上最も売れたライヴのゴスペル・アルバムだ。
「グルーヴってもんはこれだ」みたいな、超絶的にグルーヴィーな名盤である。ただ聴いてるだけであまりの興奮に涙がじんわり湧いて出る。
なもんで「えーと、このときのメンバーは誰だったかなぁ?」と考えてもなんと思い出せない(もちろん私はこの盤を所有しているのだが)。
で、目の前で鳴ってる音だけを聴いて純粋かつ真剣に考えた。
「この音色と奏法は……まずギターがCornell Dupreeだな。で、ベースはChuck Raineyだろう。最後にドラマーはもちろんBernard Purdieだ(あの「タ、ツゥー、ツゥー」の人である)」
音を聴いただけで、すっかり忘れてしまっていたメンバー構成をピタリと当てた(笑)
そこでまたひとつ「記憶の扉」が開いた。なんか過去に似たようなことがあったよなぁ? そう、ふと昔の記憶がよみがえってきたのだ。
ちなみにSF作家の故・小松左京氏によれば、実は人間の脳には全ての過去のデータが格納されている。人はそれを忘れているだけだ。
で、何かのきっかけさえあれば、しまってあった記憶の引き出しが「ポン」と開く。そんなわけで時間は、はるか学生時代へとタイムスリップした。
「まずギターはコーネル・デュプリ―さ」
そのとき私は、当時の彼女と下北沢のある喫茶店にいたのだ。確か80年代だった。
すると超グルーヴィーな曲が掛かった。で、すかさず私が「いま演奏しているミュージシャンを当てて見せようか?」と言った。
「まずギターはコーネル・デュプリ―さ。ピアノはリチャード・ティーだ。で、ドラマーはスティーヴ・ガッド。最後にベーシストはアンソニー・ジャクソンだな」
すると彼女は速攻で喫茶店の主人に、「ねぇ、いま掛かっている曲のアルバムを見せて下さいな」と言う。ウラを取るつもりだ。
結果、ベーシストだけはゴードン・エドワーズで違っていたが、ほかは全部、私が言った通り当たっていた。あのころまだミュージシャンをめざしていた彼女は、「すごーい! 私、そういう人が大好きッ!」と来た。
まあオンナをたらし込むなんてカンタンだ。
実は私が当てた3人のメンバーは(ベーシストを除き)、ごくわかりやすい独自の奏法や音色で個性を出してるメンツばかりなのだ。
たとえば超ファンキーなあのコーネル・デュプリ―や、打音が強くハッキリしていて非常にリズミカルなリチャード・ティー。はたまたリズムパターンがとても特徴的なスティーヴ・ガッドなんてまちがえようがない。
純粋にプレイぶりだけ見れば、せいぜいガッドの奏法を(悪く言えば上手にパクって消化していた)村上ポンタさんあたりと取り違えるくらいだ。
しかも日本人のポンタさんがコーネル・デュプリ―やリチャード・ティーとしょっちゅう演ってるわけがないから、これも同様にポンタさんと取り違えるはずがない。
つまりタネ明かしすれば、私は「普段しょっちゅうNYあたりのスタジオで一緒に演ってる」当たる確率が高そうなミュージシャン連中の名前を列挙しただけだ。
唯一、あの太くて重たいシンプルなゴードン・エドワーズのベースは、独特ではあるが「わかりやすく」はない。だから当てられなかった。
だがあの音数が少なくシンプルなエドワーズとは対照的に、音数が多くて非常にテクニカルなベースを弾くアンソニー・ジャクソンとをまちがえるなんて「お前は音楽わかってるのか?」てなもんだ。
つまり1人だけ外したアンソニー・ジャクソンは、的中したほかの3人とくらべて当てるのが比較的むずかしい部類なのだ。
そんな裏事情をつゆ知らない彼女が私に「大好きだッ!」と直球を投げるのを聞き、店の主人は小さく微笑んでいた。
なんせ「あのメンツ」のCDをご主人は所有しているわけだから、おおかたそのへんの音楽には詳しいのだろう。ならば目の前でくり広げられた寸劇を見て、せいぜい「やれやれ」とでも思ったはずだ。
まぁ血気盛んで若かったよなぁ、あのころは私も。