私も「セクシー田中さん」問題を構成者として経験した
さて今回は「ドラマー・村上“ポンタ”秀一さんインタビュー」、そして「実録・石原慎太郎氏インタビューの裏側」に引き続き、いまだからこそ言える「実はこうだった」シリーズの第3弾だ。
永六輔さんも、もうお亡くなりになっているので時効だろう。
出版社のマガジンハウスさんが、1998年に永六輔さんの書籍『結界』を出版されている。
で、そのとき私は件の元ポパイ編集長さんから依頼を受け、黒子としてこの本の「構成」を手掛けた。
同書は、永さんがラジオ番組で女性パートナーと2人でトークした内容をまとめたものだ。
こう書くと素人さんは「なーんだ。トークをそのまま文章にしただけか」と思うかもしれない。
いやいや、そんなのはあり得ない。
そもそもラジオのトークなんて、そのまんま喋った通りじゃ書籍化なんてできないのだ。
だから当たり前の話だが、もちろん放送の内容がその通り本になってるわけじゃない。
この本を実際に書いた私の元には、永さんがラジオで喋った内容がテープ化されて山と持ち込まれた。
で、それを元に実は私が「本にできる形」にかなり加工し、「それなり」に仕上げて綴って行ったわけだ。
永さん「おや、私はラジオでこんなこと言ったかな?」
そしてこのことは自殺者を出した「セクシー田中さん」問題とも、まるっきり共通している。
永六輔さんの著書『結界』を構成した私は、立場上でいえば「セクシー田中さん」問題における脚本家に当たる。
つまり原作者の芦原妃名子さんを死に追いやった側だ。
確かに私は、永六輔さんのラジオ放送を聞き、元の音源をかなり脚色した。
そして「書籍として辻褄が合う」よう、きっちり巧妙に章ごとにいちいち面白いオチを付け加えながら文章化した。
もちろんそんなことは元の音源で永さんは喋っちゃいない。
だがそんな一種の越権行為を犯さない限り、プロの目で見てラジオ放送を書籍になんてできないのだ。
で、仕上がった私の原稿を読んだ当の永さんは、「おや? 自分はこんなことラジオで言ったかなぁ?」などと不思議に思いながらも許容して下さった。
脚色が行われたことをわかった上で、だ。腹の太い方である。
本の「あと書き」で私の名前を出しリスペクトしてくれた
そのとき永さんがお書きになった「あと書き」の該当部分を、そっくりそのまま以下に転記しよう。こんなふうだった。
『エーッ、こんなこと言ったっけ、という言葉もあるが、電波にのった僕の声であることに間違いはないのだ』
つまり私が独自の判断でやらかした(気の利いた脚色を)いったん飲み込んだ上で、「これは私の言葉だ」と言い換えて下さったわけだ。
しかも本のあと書きでわざわざ私のフルネームを明記した上で、「この本はあくまでリスナーとしての松岡美樹さんの耳にとまった言葉を構成したものです」と、ご自身で断り書きを付けている。
つまり本来なら「名前すら出ない黒子」の存在であるはずの私がやったことを、クレジット入りでプロの仕事としてリスペクトしてくれたわけだ。
いや実際、この最終原稿が出来上がった時点で、例えば永さんに「俺はラジオでこんなこと絶対に言ってないぞ」なんて言い出されたらもう収拾がつかない。
だけど繰り返しになるが、そもそもラジオでその場の言いっぱなしになったセリフなんて、そのまま本になんかできないのだ。
書籍化するにはちゃんとそれなりの落とし前をつけ、書籍の文章として成立するよう要所でオチを付けたり説明を加えたりしなきゃなんない。それがいわゆるプロの仕事である。
「セクシー田中さん」問題とまるで同じ構図だ
そんなわけで「セクシー田中さん」問題を知ったとき、もちろん私はとても複雑な気持ちになった。
明らかに私は「セクシー田中さん」の原作者を死に追いやった立場側の人間なのだ。
だが私のケースでは、永さんの太っ腹な対応とプロ的な仕事への理解がなされ、それなりに処遇された。
しかも永さんはわざわざ構成者である私の実名を明記した上で、「これはプロの仕事です」とリスペクトしてもらえた。
実際、本になってみれば関係者一同に大好評だった。
同書は、永さんがラジオ番組で女性パートナーと2人でトークした内容をまとめたものだ。
こう書くと素人さんは「なーんだ。トークをそのまま文章にしただけか」と思うかもしれない。
いやいや、そんなのはあり得ない。
そもそもラジオのトークなんて、そのまんま喋った通りじゃ書籍化なんてできないのだ。
だから当たり前の話だが、もちろん放送の内容がその通り本になってるわけじゃない。
この本を実際に書いた私の元には、永さんがラジオで喋った内容がテープ化されて山と持ち込まれた。
で、それを元に実は私が「本にできる形」にかなり加工し、「それなり」に仕上げて綴って行ったわけだ。
永さん「おや、私はラジオでこんなこと言ったかな?」
そしてこのことは自殺者を出した「セクシー田中さん」問題とも、まるっきり共通している。
永六輔さんの著書『結界』を構成した私は、立場上でいえば「セクシー田中さん」問題における脚本家に当たる。
つまり原作者の芦原妃名子さんを死に追いやった側だ。
確かに私は、永六輔さんのラジオ放送を聞き、元の音源をかなり脚色した。
そして「書籍として辻褄が合う」よう、きっちり巧妙に章ごとにいちいち面白いオチを付け加えながら文章化した。
もちろんそんなことは元の音源で永さんは喋っちゃいない。
だがそんな一種の越権行為を犯さない限り、プロの目で見てラジオ放送を書籍になんてできないのだ。
で、仕上がった私の原稿を読んだ当の永さんは、「おや? 自分はこんなことラジオで言ったかなぁ?」などと不思議に思いながらも許容して下さった。
脚色が行われたことをわかった上で、だ。腹の太い方である。
本の「あと書き」で私の名前を出しリスペクトしてくれた
そのとき永さんがお書きになった「あと書き」の該当部分を、そっくりそのまま以下に転記しよう。こんなふうだった。
『エーッ、こんなこと言ったっけ、という言葉もあるが、電波にのった僕の声であることに間違いはないのだ』
つまり私が独自の判断でやらかした(気の利いた脚色を)いったん飲み込んだ上で、「これは私の言葉だ」と言い換えて下さったわけだ。
しかも本のあと書きでわざわざ私のフルネームを明記した上で、「この本はあくまでリスナーとしての松岡美樹さんの耳にとまった言葉を構成したものです」と、ご自身で断り書きを付けている。
つまり本来なら「名前すら出ない黒子」の存在であるはずの私がやったことを、クレジット入りでプロの仕事としてリスペクトしてくれたわけだ。
いや実際、この最終原稿が出来上がった時点で、例えば永さんに「俺はラジオでこんなこと絶対に言ってないぞ」なんて言い出されたらもう収拾がつかない。
だけど繰り返しになるが、そもそもラジオでその場の言いっぱなしになったセリフなんて、そのまま本になんかできないのだ。
書籍化するにはちゃんとそれなりの落とし前をつけ、書籍の文章として成立するよう要所でオチを付けたり説明を加えたりしなきゃなんない。それがいわゆるプロの仕事である。
「セクシー田中さん」問題とまるで同じ構図だ
そんなわけで「セクシー田中さん」問題を知ったとき、もちろん私はとても複雑な気持ちになった。
明らかに私は「セクシー田中さん」の原作者を死に追いやった立場側の人間なのだ。
だが私のケースでは、永さんの太っ腹な対応とプロ的な仕事への理解がなされ、それなりに処遇された。
しかも永さんはわざわざ構成者である私の実名を明記した上で、「これはプロの仕事です」とリスペクトしてもらえた。
実際、本になってみれば関係者一同に大好評だった。
編集者さんの側にも「この本は面白く仕上がった」と認知されたし、恐らくそれをお読みになった永さんもそう思われたのだろう。
だから掲載されるはずのなかった私の実名をわざわざあと書きで取り上げるなどという、これまた私がやったのと同じ「逸脱」を犯したのだ。
いや、それによってひょっとしたら読者の側に「なんだ、この本は永さんの言葉を別人が脚色したものか?」などと思われ、まかり間違えば本の売れ行きに影響しかねないにも関わらず、だ。
いや、それによってひょっとしたら読者の側に「なんだ、この本は永さんの言葉を別人が脚色したものか?」などと思われ、まかり間違えば本の売れ行きに影響しかねないにも関わらず、だ。
あえて永さんはそんなリスクを冒した。私をプロとしてリスペクトするために。
こんなふうに「セクシー田中さん」問題って、立場によって各人各様だ。
もちろん実にさまざまな反応が起こるだろう。
ただし原作者が亡くなるという悲劇が起こった以上、私はこのケースでは「脚本家の側」に立って論じる気は毛頭ない。
だが実際、かなり複雑な気分でいることだけは確かである。
こんなふうに「セクシー田中さん」問題って、立場によって各人各様だ。
もちろん実にさまざまな反応が起こるだろう。
ただし原作者が亡くなるという悲劇が起こった以上、私はこのケースでは「脚本家の側」に立って論じる気は毛頭ない。
だが実際、かなり複雑な気分でいることだけは確かである。