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静かに進む日本人の海外流出――包括的な頭脳循環政策の検討を

2022年03月06日 | 教育・学校

大石奈々(メルボルン大学准教授)

Imidasオピニオン2022/03/04

増える日本人の海外移住

 海外に住む日本人は2019年に140万人を超え、そのうち海外永住者は2018年に50万人を超えた。外務省の海外在留邦人数調査統計(2021年版)によれば、2020年にはコロナ禍に伴う入国制限で長期滞在者はここ30年で初めて減少したものの、永住者に関してはまだ増え続けている。この数には国際結婚のケースも含まれているが、それを除くと先進国は基本的に高度人材を中心とした移民政策を採っているため、日本人永住者の増加は高度人材が海外に流出している可能性を示唆している。実際、潜在的な人の移動の可能性を測る調査(Gallup Potential Net Migration Index 2018)でも、日本は高度人材の純流出国(-8%)となっている。

 2018年の国際比較調査(Gallup Worldwide Poll [堀内勇作氏提供])では、日本における大卒者の間で海外移住を希望する割合は23.2%と、他の先進国と比べて高いだけでなく、中国(13.3%)やインド(13.1%)などの新興国と比べても高いことが分かった。筆者とダートマス大学の堀内勇作教授が日本経済研究センターの研究奨励金を受けて行った大卒の日本人に対するオンライン調査(詳細後述)ではこれよりも更に高く、今後海外に「長期移住するための情報収集や就職・転職活動等を行う可能性がある」と回答した人は29.4%であった。この傾向は海外に住んだ経験のある人では56.1%と特に高かった。

 大卒の日本人の3人に1人、海外在住経験者の2人に1人が海外移住を考えている背景には何があるのだろうか。「移住したい」ことと「移住する」ことは別の話ではあるが、実際、筆者の住むオーストラリアでは2011年の東日本大震災以降、長期滞在者と永住者が増加しており、現在ではアメリカに次いでオーストラリアへの日本人永住者の数が世界第2位となった。本稿ではオーストラリアに移住した日本人へのインタビュー、日本在住者への調査、そして既存の研究の知見も交えながら日本人の海外移住志向について探っていく。

日本人の海外移住の背景

 これまでオーストラリアへの移住に関する研究では、日本人は「より高い収入」ではなく「より良いライフスタイル」を求めて移住すると理解されてきた。「より良いライフスタイル」とは、ワークライフバランスが確保できること、豊かな自然、子育てがしやすいこと、治安が良いこと、ジェンダー平等などが含まれる。

 筆者を中心とするプロジェクトチームが 2016年から2018年にかけてオーストラリアで行った32名の日本人移住者へのインタビュー調査(1・2)では、2011年の東日本大震災以前に移住した人々は確かに「より良いライフスタイル」を移住の主な動機としていた。しかし、それ以降に移住した人々の動機は大きく異なっていた。震災後の移住者たちの多くに共通していたのは、ひと言でいうと「強い危機感とリスク回避志向」である。

 これまで海外に住んだことがなかった人や、大手企業の管理職、医師、経営者など収入も高く日本で十分に満足できるキャリアを歩んでいたエリート層の人でも、震災を機に日本に住むことの長期的なリスクを真剣に調べ考え始めたという。その結果、日本で切迫しているとされる首都直下地震、南海トラフ大地震、富士山の噴火というリスク、原発への影響、それによる経済的インパクトなどを考慮し、海外移住という決断に至ったのだった。

 こうした人々は、移住先を決める際に徹底したリサーチとリスク評価を行っていた。中には震災後の福島から流れた汚染水を含んだ海流がどう移動し、どの国に影響をより及ぼしているかまでを調査した人もいた。東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故をきっかけに「政府に頼らず自分で自分と家族の身を守らなければならないという意識が芽生えた」のだという。移住者たちがオーストラリアを選んだ理由としては、原子力発電所がなく放射能の影響について心配をしなくて良いこと、活火山がなく地震が少ないこと、英語圏であること、国家財政の健全性、高い食料自給率、治安の良さ、日本との時差が少ないこと等が挙げられた。

 震災直後には子供の体への放射能の影響に不安を抱く子育て世代や、将来起こるとされる巨大地震・火山噴火やそれによる原子力発電所への影響などを危惧する人たちが多かった。しかしその後、日本政府による情報規制、メディアの忖度などの政治的状況に危機感を感じるようになった人が増えたことが同調査で分かった。

 大手IT企業で管理職をしていた40代男性は、当初は子供たちへの放射能の影響だけが心配だったが、その後すぐ安保法制や憲法改正に向けた動きが加速したこと、またそれに対するメディアの反応にも失望し、将来に不安を感じたという。大手運輸会社に勤務していた30代男性もこう述べた。「情報が規制されてるっていうのが、そこでこう、あからさまに分かったわけじゃないですか。〔中略〕この国で子育てをしたいなとか、そういうのはちょっと思えなかったですね」。

 また、特に重要な要因として、調査対象者の9割近くが「長期的な経済についての不安」を海外移住の理由に挙げた。少子高齢化が進む日本における経済の展望や、年金制度や医療制度などの持続可能性への不安も彼・彼女らを海外移住に駆り立てたのである。ある大手事務機器メーカーの管理職男性は「日本の年金制度は遅かれ早かれ破綻する」と感じつつ、今後どう制度を持続可能なものにしていくかという解決策が国民に示されていないことに苛立ちを感じていた。

 子育て世代にとっては教育も移住の動機の一つであった。日本経済の先行きが不透明な中、子供を英語の多文化環境で教育することで、世界のどこでも働ける「グローバル人材」に育てたいと考えていたのである。語学だけであれば日本でインターナショナル・スクールに通わせる選択肢もあったが、より多文化な社会で「ダイバーシティ(多様性)」というものを肌で理解できる大人に育てたいという声も聞かれた。

人材流出の背景――経済リスク、ライフスタイル、政治要因

 上記の調査対象者のうち、震災後の移住者は90%が2016年以前に日本を出た人々であったため、リスク意識が特に高かった可能性もある。「リスク意識」や「リスク回避志向」は時間の経過によって薄れるものなのか。また、人々はどういった種類の「リスク」に対してより敏感に反応するのか。「ライフスタイル」要因はもはや海外移住意識には大きく影響していないのだろうか。

 こういった点を解明するために、筆者とダートマス大学の堀内勇作教授は2019年から2020年にかけて日本在住の2415人の日本人を対象にオンライン調査実験(3)を行った(先進国への移住には大卒資格がほぼ必須であることから対象者は大卒の日本人に限定した)。対象者を4つに分け、1つのグループを除く3つのグループに、それぞれ日本の長期的な「災害リスク」「経済リスク」「ライフスタイル(ワークライフバランスや幸福度の低さ)」に関する記事を読んでもらった後、海外移住志向についての質問を行った。その結果「経済リスク」と「ライフスタイル」は移住志向に影響していたが、「災害リスク」は影響を及ぼしていなかったことが分かった。この理由は調査からは明らかにはなっていないが、震災から時間が経っていることでリスク意識が薄れているということ、また、災害リスク、特に地震・原発・放射能に特に敏感な日本人の多くがすでに海外に移住している可能性があるということなのかもしれない。

 日本の財政破綻や少子高齢化の進展による年金制度の持続が困難になること等を含む「経済リスク」は最も大きく海外移住志向に影響していた。「経済リスク」に関する記事を読んだ人の39.2%に海外移住志向が見られ、何も読まなかった人と比べて10.3ポイント高いという統計的に有意な結果が出た。

 また経済リスクほどではないものの、「ライフスタイル」の影響はまだ依然として根強かった。長時間労働や他の先進国と比べた際のワークライフバランス・幸福度の低さについての記事を読んでもらった人のうち35.5%に海外移住志向があり、何も読んでもらわなかった人たちと比べて6.1ポイント高かった。この結果も統計的に有意であった。

 この実験の当初の目的とは別に、興味深い結果も得られた。政治意識の高い人や政府やメディアに不信感を持つ人がそうでない人より海外移住を考える割合が高かったことである。「政府やメディアへの信頼が低い、あるいは非常に低い」人の32.2%、「必ず、あるいはほとんどの選挙で投票する」という人の30.6%が海外移住を考えていた。これは震災後にオーストラリアに移住した日本人へのインタビュー結果と符合する。人々が海外移住を考える際、個人のライフスタイルや仕事、将来のリスクだけではなく、政府やメディアに対する信頼度も影響している可能性があることが示唆された。

 本調査のデータ収集は2020年2月に終えたため、その後のコロナ対策やオリンピックの際の対応に関する日本政府への不満は反映されていない。政府のコロナ対策は、人々の海外移住意識をどれほど高めたのだろうか。またここ数年、富士山の噴火の切迫性が注目されるようにもなり、大きめの地震が首都圏や東北、能登半島、日向灘などで続くようになったことで震災リスクをこれまで以上に意識する人々も増えたかもしれない。

 一方で、コロナ禍では日本より外国の方が危ないとの意識が強まり、海外移住意識がこれまでより下がった可能性もある。今後、日本人の海外移住意識はどのように変わっていくのか引き続きフォローしていきたい。

多様な人材流出のかたち

 ここまでは主に日本人高度人材の先進国への永住について述べてきたが、新興国や途上国に移住する人もおり、同じ大卒者であっても移住パターンは異なる。

 例えば大連や上海など大手日系企業の支社がある中国の大都市では日本人の現地採用が増えている。既存の研究によれば、新卒一括採用の慣行が根強い日本で正社員として就職できなかった若者が中国に向かっているという。近年、日本の労働市場も流動化しつつあるが、まだ非正規雇用の既卒者が正規雇用に就くことは容易ではない。こうした若者の一部が、日本で働くより給与は低くてもホワイトカラー職に就けることや、中国語を学んでキャリア・アップをめざすという理由から中国に移住している。また、中国の潤沢な研究資金を背景に日本人の若手研究者や定年後の大学教授が中国の大学に就職するケースも増えつつある。

 筆者のシンガポールにおける聞き取り調査では、税率の低さや起業のしやすさを移住の理由に挙げた日本人投資家たちもいた。ワークライフバランスやジェンダー要因も、女性たちが海外に出る動機として根強い。日本では女性の昇進は男性と比べて容易ではなく、出産・子育てがキャリアにネガティブな影響を及ぼす度合いも大きいからである。

「頭脳流出」から「頭脳循環」へ

 人材流出の背景となっている様々な課題を短期間で解決することが難しい中、今後この現状にどう対処していくべきなのだろうか。日本ではまだ海外移住者に対して「日本を捨てた」というネガティブなイメージを持つ人々もいるが、ほとんどの移住者は日本との密接なつながりを維持し続けている。日本人に限らず、移住者は母国への投資やビジネスなどの経済活動、共同研究など様々なイノベーション・ネットワークの構築に貢献しており、親族への送金といった経済サポートに加え、定期的な帰国や情報発信による「社会的送金(social remittances)」によって出身コミュニティにポジティブな社会変容をもたらしていることが多くの研究で明らかになっている。

 実際、世界銀行などの国際機関は、海外移住者を重要な「人的資源」と位置付け、二重国籍の付与などを通じて、流出した人材のモビリティを高めることが母国の経済的・社会的な発展につながるという「頭脳循環」のメリットを強調してきた。すでに多くの国々が頭脳循環をめざす政策に取り組んでいる。

 中国では海外移住者とその子孫(華僑・華人)からの投資が改革開放政策の初期に高度経済成長をもたらす大きな要因になったこともあり、早い時期から頭脳循環政策を採ってきた。今でも海外で博士号を取得した優秀な若手研究者に対して高額な給与や研究費を約束して帰国を促している。オーストラリアでも先端分野で博士号を取得した若手研究者に報奨金を与えて帰還を促す州政府プログラムがある。インドは二重国籍を認めないものの、海外インド市民権(OCI)という制度を導入して、元インド国民やその家族等に対して国民とほぼ同等の権利(参政権、農地購入、公職への就任等を除く)を付与し、帰国や投資・起業をしやすくしている。

 二重国籍については、安全保障上の議論もあり、海外に移住した国民にのみ認めたり、議員資格に制約を設けたりする国もある。しかし、二重国籍が海外に流出した高度人材の帰還や投資・起業を促進し、長期的な経済発展につながるという側面は広く認知されており、世界143カ国で二重国籍が認められているという事実も、それを端的に示していると言えよう。

 日本においても、高度人材の海外移住そのものを妨げることはできないが、制度的インセンティブや二重国籍などを含めた包括的な頭脳循環政策を採ることで、海外移住者のモビリティを高め、日本社会・経済により貢献しやすくすることは可能である。日本における高度人材の海外移住志向が中国やインドよりも高いこと、また実際に海外永住者が増えていることを鑑みると、日本でも人材流出への対応を真剣に検討する時期に来ているのではないか。すでに文部科学省で研究者の循環を促進するイニシアティブが採られてはいるが、より広範な高度人材の循環について産官学で連携しつつ議論を進めていくことが重要であると考える。


 そっかあ!すでにそんな状況にあるのだ。この傾向はますます進むだろう。一般のサラリーマンや非正規社員までも見切りをつけて日本を離れていくかもしれない。今の自公政権ではだめだ!

お昼頃まではいい天気だったので、久しぶりに写真を。

雪はだいぶ詰まってきたが、まだ1mちょっとある。



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1 コメント

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そうなんですね (ひまわり)
2022-03-06 20:37:22
mooruさん、こんばんは。
海外へ移住した人が、こんなにたくさんいるんですね!
その気持ちはわかりますね。
「高度人材」という言葉にちょっとひっかかりましたが。
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