“ドン・キホーテ”と言われた市長の発想
岐路に立つ地方鉄道、JRが手放した富山港線の再生を手掛けた前トップに聞く
JBpress 2023.2.25(土)
河合 達郎
富山駅北口を走る低床車両。再整備された駅北側の広場「ブールバール」で開かれたマルシェは多くの市民でにぎわった(富山市提供)
「このままの形で維持していくことは非常に難しい」。昨年開かれた地方路線をめぐる国土交通省の有識者会議において、JR西日本は「輸送密度が2000人/日未満」の路線についてこう指摘した。そんな厳しい路線をJRから引き継ぎ、黒字化させた例がある。富山市の富山港線だ。地元主体でLRT(次世代型路面電車システム)化し、利用者数を1.5倍超にまで伸ばした。「廃止か存続か」で全国のローカル線が岐路に立つ今、改革を主導した森雅志・前富山市長に聞いた。(聞き手:河合達郎、フリーライター)
オペラとともに赤ワインを楽しむ
――国交省の有識者会議に、地方路線改革の実務を担った元首長という立場で出席しました。JR西日本が運行していた富山港線をLRT化する改革の中で意識したことは何でしたか。
森雅志氏(以下、森氏):目指したのは、市民生活の質を向上させる、ということです。公共交通はそのためのツールです。
富山市には、本格的なオペラが上演できる2200席のコンサートホールがあります。その中にあるカフェはこれまでペイするのが難しく、経営者が次々と変わってきました。ですが、現在経営している方はうまく続けていただいています。
それはなぜか。
大きな要因の一つが、お客さんの来方が変わったということです。公共交通の利便性を高めた結果、お客さんもそれを使ってくるようになりました。
すると、開演前からビールを飲む。幕間には赤ワインを求めて列ができる。そして終わってからは、周辺の店も含めて「さっきの彼らはカッコよかったね」なんて飲みなおす。JR時代は終電が21時20分でしたが、今は23時半過ぎです。
質の高い暮らしとはこういうものではないでしょうか。
普段、仕事は車で行くんだけど、きょうはコンサートがあるから公共交通で会社へ行く。そして、アルコールと一緒にオペラや演奏を楽しむ。そんな選択肢のある生活こそが、豊かで質の高い暮らしだと考えています。
公費投入は“ドン・キホーテ”の所業
森氏:日本では、交通は一般的に民営のものだととらえられています。単体で採算が合うということが求められ、不採算になると間引きしようという話が出てきます。すると利便性が下がり、ますます乗らなくなります。そのスパイラルで、最後は廃止です。
昭和30年代、40年代は、単体での採算を求める考え方でも成立しました。奇跡的な高度成長で、人口も右肩上がりで伸びていたからです。
ところが、時代は変わりました。人口減へと転じ、モータリゼーションも加速していきました。道路特定財源によって、政府も車社会を推進した形になりました。結果的に、公共交通を使う人は奪われていったのです。
ここで問題なのは、地方交通を単体で切り取ってしまう考え方です。
単体で切り取るから、B/C(費用便益比:B=ベネフィット、C=コスト)の議論がそこから先へ出ていかないわけです。路線単体で収支が合うかどうかしか見られなければ、大都会の鉄道しか残りません。
地方公共交通はコストがかかってベネフィットが低い。不採算路線に公費を入れるなんてとんでもない、反対だ、という人も当然出てきます。
私は単体ではなく、地方公共交通はもう少し広く「社会的便益」というとらえ方をすべきだと訴えてきました。
交通が持つ社会的便益とは、例えば渋滞の解消効果です。朝、1000人が利用する電車をバスに転換すると、50人乗りのバスが20台必要です。電車であれば車両をつなげ、渋滞を起こさず輸送することができます。
そして何より、装置としての鉄道が町にあることによってもたらされる利益があるわけです。将来市民にとっての利益にもなり得ます。運行経費と運輸収入の議論だけにとどめないで、そうした社会的便益を含めた議論をすべきだと主張してきました。
――そうした論理のもと、具体的にどのようなことに取り組んだのでしょうか。
森氏:市民の利益になるものには自治体が公費を投じるということです。交通政策基本法ができるもっと前から、富山市は積極的に公費投入をしてきました。何の法的根拠もなく、市議会で予算が議決されたということだけを頼みにしてです。
「近くに電停があったら助かるね」という市民がたくさんいても、JRはローカル線に新たな駅を作ってくれません。であれば、市民の利益のために、基礎自治体である市が駅を作る。これは極めて当然の責務だと思います。JRのためではなく、市民のために、という理屈です。
駅前のトイレはいくつも作ってきました。迎えに来たママが、トイレに行くのにいちいち駅の中まで入らなければいけないのは不便です。市民の利便性のためですから、JRに頼むのではなく、市で取り組んだのです。
20年ほど前は、赤字のローカル線に公費を投じるなんてあり得ない、という時代でした。現実からかけ離れているということで、私は“ドン・キホーテ”とさえ言われました。
大反対→やってくれ、変化のきっかけ
――市長就任から約1年後の2003年、富山港線のLRT化を発表しました。当時の空気感はどうでしたか。
森氏:線路を取っ払ってバスに代替するというのが一般的な考え方だったでしょう。そうなると考えていた人たちはたくさんいたと思います。
ですが、せっかくの鉄軌道をなくしてしまうと、公共交通を軸としたコンパクトな町づくりというコンセプトが崩れてしまいます。
交通の便利なところに住む人を緩やかに増やしていこうというのが、私の基本コンセプトです。中心商店街が衰退し、郊外のあちこちに大型商業施設ができる拡散型の町づくりを続けていくと、将来市民の負担はものすごく大きくなってしまいます。道路や上下水道を伸ばし、公園も増やさなければなりません。
だから、そろそろ拡散を止める。コンパクトな町にする。それは腕力で真ん中に寄せてくるということではなく、交通の利便性を高めるということで実現しようとしたのです。
私はよく「団子と串」と表現しますが、中心市街地から10キロ離れた団子でも、利便性の高い串でつながっていれば、質の高い暮らしを享受できます。
――その実現のために、鉄軌道は欠かせなかったということですね。
森氏:JRが手放すというのであれば三セクで受けるしかないと判断しました。そして、受けるからにはブラッシュアップしなければなりません。
「赤字だから質を落とす」という負のスパイラルにだけはしない、という思いでした。正のスパイラルに変えるためには、先行投資が必要です。LRT化し、便数を増やし、電停も増やさなければならないと考えました。
――空気感から察するに、反発もあったと思います。
森氏:特に車だけで生活している人は大反対でした。LRTを富山駅につなぐ軌道を敷くため、片側2車線の道路を1車線つぶしましたから。
空気が変わったきっかけは、ヨーロッパへの視察でした。
市民や議会の代表者、マスコミの記者らと一緒に10日間ほど、自費でヨーロッパへ行ったのです。ストラスブール(フランス北東部)やカールスルーエ(ドイツ南西部)、フライブルク(同)といった路面電車のある街並みをみんなで見ました。
その様子が、翌日のローカルニュースで流れるわけですね。すると「あんなにおしゃれな街並みになるなら、やってくれ」という声が、市民の中で出てきたのです。
今でも消極的な支持者が圧倒的に多いと思いますが、ゆっくりと理解が広がっていったように感じます。高齢者の事故が頻発したことも、「公共交通がある暮らしは必要だよね」という考え方への後押しになりました。
LRT化に際して利便性を高め、利用者数は大幅に増加した(「第4回 鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」に提出された国交省の資料より)
今、便数はおよそ日中15分に1本、朝夕は10分に1本です。JR時代の最後は日中1時間に1本でした。運賃は富山市全域が均一で大人210円です。
便利になったことによって、お客さんが戻ってきました。電停から直接スーパーに入れるようにして、おばあちゃんたちも乗ってくれるようになりました。
富山港線は、引き継いで開業した初年度から黒字です。民間投資が増え、富山市の人口は、自然減ながら転入超過が続いています。
「よくわからないけど、わかったよ」
――国交省有識者会議では、路線の見直し協議入りの目安として「輸送密度1000人未満」という水準が示されました。森さんが改革に携わった富山港線以上に厳しい路線が対象になりそうです。
森氏:鉄道はいったんなくしてしまえば、回復するのはほとんど不可能です。なるべく公費を入れ、将来市民のために残すのが望ましいとは考えています。
ですが、これは「何が何でも鉄道を残せ」ということではありません。どこまで残すのが妥当なのか、地域において議論されなければなりません。
最適化ということを考えれば、ある駅からある駅までは公費を投入してピストン輸送する。でもその先はデマンドバスにする。あるいは、仮に高校生2人しか乗っていないのであれば、タクシー代を払った方が安くなることだってあり得ます。
どういう選択が妥当なのかということは、自治体や市民、地域のステークホルダーの間で検討し、着地点が探られるべきです。
そういう必要性がある路線においても、これまで協議の場が設けられないことが散見されました。自治体が「協議の席に着くということは廃止を認めることになりかねない」と及び腰になるケースです。
今回の提言は、最低限そうしたテーブルで協議しましょうということを国が後押しするものです。
滋賀県の近江鉄道は今、県と関係市町、ステークホルダーらの間で存続策が検討されているようです。どこまで公費が投入できるのか、便数は減らすのか、増やすのか。関係自治体によって考え方もさまざまでしょう。
富山市はJR高山線(富山駅―岐阜駅)の活性化にも取り組んでいます。富山県内分はJR西日本が管轄ですが、富山市が負担して増発をしています。駅前広場やパーク&ライドの整備、新駅の設置もしました。利用者数は右肩上がりで伸びています。
富山市による増便や駅周辺の整備により、JR高山線の乗客数は増えている(森氏提供)
赤字だけど市民の足。だから何とか守りたい。そういう性格の線はあちこちにあります。嘆いているだけでは変化はありません。
――廃線はネガティブな印象が強く、日々地域住民と接する自治体が踏み出しにくいという気持ちもよくわかります。
森氏:この努力をすることが首長のリーダーシップです。一切の努力をせず、交通事業者の責任でやれと言ってしまう自治体も多くあります。お金を配ったり、何でもタダにしたり、そうやって首長を続けるのなら誰でもできます。
私が大事にしていたのは「説得責任」です。よく行政にかかわる人たちは「説明責任を果たす」と言いますが、そうではありません。目の前の市民をいかに説得しきれるか。情熱を込めて、将来像を語れるかです。
LRT化に向けた改革の当初は、1回2時間の説明会を年間で120回ほど開きました。1日に4回開いたことも何度もあります。
「よくわからないけど、わかったよ」
理解はしてくれなくとも、最後にはそう言ってくれる方もたくさんいましたね。そこまで言うなら、と。これが多くの方の実態だと思います。こちらが本気で熱を込めて語れば通じると思っています。
――地域にとって鉄道は思いのこもった存在です。ノスタルジーを抱く住民も多いと思います。地域の姿勢どうあるべきでしょうか。
「市政は平準的」との常識を捨てられるか
森氏:乱暴な表現ですが、あちこちで口にしていることがあります。それは「市域のどこにいても同じ水準の行政サービスが提供されるべきだ」という常識を、市民も行政も捨てなければならないということです。
人口が右肩下がりになっている時に、どこにいても同じサービスを提供し続けるということは高コストです。限界です。
税として還流してくる可能性がないところに投資しても意味がない。都市経営という観点に立ち、最適な投資をする。そう腹をくくった首長のいる地域は、持続性が出てくるでしょう。
例えば、ある山間部の橋梁が更新時期を迎えている場合。かつては橋の向こうに300人が住んでいたけど、今は20人しか住んでいないというところがあったとします。
更新する場合、同じ幅員のものにする必要はまったくありません。3キロ迂回して渡れるのだとすれば、廃止する議論も一緒にしなくてはなりません。
市政は平準的で、表面的な公平性を保たなければならないという、多くの人たちが思ってることを投げ捨てなければいけません。
――中山間地の暮らしはどうなるのでしょうか。
森氏:市民の生活の質の向上ということを考えれば、アイデアはあると思います。
今関心を持っているのは、交通制限速度20キロのゾーンを作れないかということです。住民は時速6キロのシニアカーで暮らす。通過交通は事実上入ってこない。交通事故死はありません。グリーンスローモビリティの町です。
米ジョージア州・アトランタから南に50キロほどのところにピーチツリー・シティという町があります。ここではみなゴルフ場にあるカートのような乗り物で暮らしています。高校生でも運転できます。
もともと、年金暮らしの高齢者がゴルフをしながらのんびり過ごすという町なので、住民同意の上で通過交通が入らないようにしてもいいじゃないかということにしたのです。もちろん、そのゾーンの外側に動脈となる道路はあります。
こういうゾーンが日本でも実現できないかと、大学教授らと真剣に検討しています。
繰り返しになりますが、交通は町づくりのための重要なツールです。都市政策が上位にあり、その中に交通政策があるという位置付けです。
市民の生活の質を上げるためにやると考えれば、交通だけを切り取ってB/Cの議論をするのはナンセンスです。市民のライフスタイルを軸に置けば、さまざまな発想と可能性が出てくると思います。
もっと知りたい!続けてお読みください
北海道は幹線、ローカル線を問わず厳しい状況にあり、次々と廃線が決まっていきます。人口密度が低いこと、さらには一層都市集中が進んでいます。地域住民のためになることと、「観光資源」としての要素を組み入れなければいけないと思います。せっかく作ったものを壊してしまうのは、もったいないことです。何とか活用方法をかんがえなければ・・・。
早く到着したい人は飛行機を使います。のんびりと、生活に合った各駅停車と「観せる」「体験する」がキーワードでしょう。美しい大自然と美味しい食を・・・
温暖化対策にもなるものです。高速道路はゼネコンのためです。高速道路より「鉄道」です。
沖縄でも、モノレールだけではなく、「鉄軌道計画」がいろいろとお話し合いがされてます。
富山のLRTも、参考にしたいと視察団も県から行ってます。
コンパクトな町、これは私も賛成です。
今後、免許返納された方や、自動車の免許を取ろうとしない若者たち、そういった人達が
往き来しやすく、その町での移動を鉄道が担うというのは、本当にいい案だな、と思いました。
昨年末に、「パーク&ライド」を利用しました。
那覇市の中心街で講習があり、モノレールの始発駅にクルマを駐車し、講習会場にはモノレールで
行くという。
とても、素晴らしいと思いました。那覇市街地、特に中心街は駐車場代も高額、しかも朝夕は
バスレーンや中央線が時間帯で変更になったりで、とても走りづらいので、助かりました!
鉄道は、大事な交通手段の一つです。
簡単には、廃線にしてほしくないですね。
同期の市長さんだったのですね。
これからは地方の時代、ローカルの時代でしょう。
ローカルの素晴らしいところを全国に広めていきましょう。
「国」はなかなか動きません。一斉地方選、頑張り時です。
きょうの記事は懐かしいです!
森雅志さんは、高校時代の同学年生です。
クラスが一緒になったことはないのですが、
市長さんになったことは知っていました!
こんな良いことをしてくれたんですね。
日本海が見たくなって、富山駅から最終駅まで
乗って行ったことがあります。
暑い暑い夏のことでした。
いま住んでいるここにも、LRTが通ってほしいと
思います。
地下鉄を引くと言って、京都市は開発したのでしたが……。