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ガザ戦闘4カ月で、問われる日本の人道感覚

2024年02月17日 | 社会・経済

イスラエル軍需企業との協力終了 政府は難民機関への資金打ち切り

「東京新聞」2024年2月9日

     こちら特報部

 パレスチナ自治区ガザでイスラム組織ハマスとイスラエル軍の軍事衝突が始まってから7日で4カ月が過ぎた。ガザ保健当局によるとガザ側の死者は2万7000人を超えたが、停戦の見通しは立っていない。深刻な人道危機に対し、日本の政府や企業はどう向き合うのか。人道感覚が問われている。(木原育子、山田祐一郎)

◆伊藤忠「防衛省の依頼で自衛隊装備品」 防衛省は発注否定

 伊藤忠商事の鉢村剛(つよし)副社長は5日、決算記者会見で、イスラエルの軍事企業最大手「エルビット・システムズ」と結ぶ協力関係の覚書(MOU)について、2月中をめどに終了すると発表した。

 国際司法裁判所(ICJ)が1月下旬、ガザへの攻撃を続けるイスラエルに対し、ジェノサイド(民族大量虐殺)を防ぐ「全ての手段」を取るように暫定措置命令を出したことを踏まえたのだ、という。

  エルビット・システムズはイスラエル軍にドローンや武器を供給している。防衛装備品を取り扱う伊藤忠の子会社と日本エヤークラフトサプライ(NAS)は昨年3月、エルビット社とMOUを結んでいた。

 鉢村副社長は会見で、MOUについて、防衛省の依頼に基づき日本の安全保障に必要な自衛隊の防衛装備品の輸入が目的だと指摘。「イスラエルとパレスチナの紛争に一切関与するものではない」と強調した。

 どんな依頼だったか防衛省に尋ねると「こちら特報部」の取材に、「防衛省から依頼した事実はない」と回答。国として距離を取りたい姿勢が見え隠れした。

◆不買運動恐れた?「判断材料ではない」

 ガザ攻撃後、MOUに対して、市民団体が抗議活動を実施した。「『パレスチナ』を生きる人々を想(おも)う学生若者有志の会」は、約2万5000筆のオンライン署名を伊藤忠やNASに提出した。イスラム教徒が多いマレーシアでも、伊藤忠の子会社であるファミリマートの不買運動が起きた。

 これらの動きも影響を与えたのか。伊藤忠の広報部は「あくまでICJの判断と(それに対する)政府の談話を鑑みた結果だ」とし、「抗議活動があったことは承知しているが、判断材料になったということではない」と突き放した。NASの担当者は「取材等は受けていない」と答えた。

◆「市民にも世界を変える力がある」

 抗議活動をしてきた市民はどう思っているのか。

 作家の松下新土(しんど)さん(27)は「市民的不服従の歴史に残るほど大きな一歩」と力を込め、「ガザで起きていることは全員が加担者。絶対に止めないといけないと思ってやってきた」と振り返り、「抵抗に共感した人たちは社会的に非常に抑圧された、それぞれの痛みを抱えて生きる人たちだった。パレスチナの痛みに共鳴し、連帯した結果」と続けた。

 「有志の会」でオンライン署名を担当し、講演会を企画してきた皆本夏樹さん(25)も「私たち市民には世界を変える力があるって気づけた」と喜ぶ。

  「武器取引反対ネットワーク」代表の杉原浩司さん(58)は「不買運動などによる大きな成果だ。欧米の軍需企業が大軍拡に群がる中で、この日本でバリアーを築くことができた。NASへの圧力にもなる」と話す。

 ただ、昨年11月の伊藤忠本社前での抗議活動中、杉原さんが担当者に「虐殺に加担して恥ずかしくないのか」と問うと「恥ずかしくなんかないよ」という答えが返ってきたという。「あの言葉を忘れたことはない。伊藤忠はSDGsを掲げ、就職人気企業でも常に上位だが、今は理念と全くかけ離れている」と憤った。

◆国連職員がハマスの攻撃に関与?

 ICJが、イスラエルに対してジェノサイド防止を求める暫定措置命令を出した1月26日、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の複数の職員が昨年10月のイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃に関与した疑いが浮上した。

    UNRWAはイスラエル政府からの情報提供に基づいて職員を解雇し、調査を始めたと明らかにした。米国がUNRWAへの資金拠出の停止を発表すると、英国やドイツ、カナダ、オーストラリアなども追随した。日本政府も28日、資金拠出の一時停止を表明した。

 UNRWAは1949年の設立以降、パレスチナ難民に食料や教育、医療などを提供してきた。慶応大の錦田愛子教授(中東政治・難民研究)は「イスラエル建国の際に生じたパレスチナ難民に特化した組織で、現在はパレスチナ自治区とヨルダン、レバノン、シリアで約590万人の難民を支援している」と説明する。「現在、ガザに対して多くのNGOが支援しているが、避難する場所の提供や人数の把握などUNRWAが中核となっている」

◆「今、ガザへの支援止まれば人命が失われる」

 UNRWAの運営費に占める国連の予算は全体の3%。大半を各国の拠出金でまかなう。2022年の予算で国別最多は米国の約3億ドル(約450億円)で運営費総額の3割に近い。日本は6番目の約3000万ドル。これらの国の拠出停止で活動が停滞する懸念が強まっている。「UNRWAの職員のリストは常に公開されてきた。なぜ疑惑がこのタイミングでイスラエルから情報提供されたのか」と錦田氏はいぶかしむ。

 「今、ガザで支援が止まれば、確実に人命が失われる。ICJがジェノサイド防止と人道支援の確保を求めたのと真逆の動きだ」と指摘するのは、同志社大の三牧聖子准教授(米国政治外交)。「ハマスが起こしたテロについて既にガザ市民に対し集団懲罰が与えられている。今回の資金拠出停止は、一部のUNRWA職員への疑惑で新たな集団懲罰を与えることになる」

  UNRWAの活動が止まれば影響はガザだけにとどまらないという。日本女子大の臼杵陽教授(中東研究)は「ヨルダンやレバノン、シリアの難民支援にも大きな支障を来す。米国からの圧力もあったのだろうが、ガザの問題を取り上げて全体への資金拠出停止を判断したのは釈然としない」と日本政府の判断に疑問を呈する。その上で「アラブ諸国の一般民衆には、米国の親イスラエル路線に対する不信感は強い。パレスチナ難民への支援が滞ることは、周辺地域の政治的体制が不安定となる恐れがある」と危ぶむ。

◆分断の世に「欧米同調」でいいのか?

 UNRWA職員がハマスの攻撃に直接参加するなどしていたら大きな問題だ。だが、事実関係が未確定の段階なのに、米国などは組織全体をテロ組織と見なすような対応をしている。

 東京外国語大の篠田英朗教授(国際関係論)は「親イスラエル諸国と反イスラエル諸国が同じ現実を見ながら、全く違う理解、反応をしている。分断が広がっており、深刻だ」とし、日本が取るべき立場をこう強調する。「日本は安全保障を米国に、石油輸入を中東に依存し、双方の間でバランスを取ってきた。だが今のような荒れた状況では、最低限の一貫性を保たなければ、双方の信用を失う。『国際社会の法の支配』を重視し、原則論に立って事実を分析した上で資金提供再開を見極める必要がある」

 前出の三牧氏は、欧州でもノルウェーなどには拠出金を追加する動きがあるとし、こう訴える。「人道的危機に加担する事態を日本政府はどう考えるのか。親イスラエルの米国やホロコーストの問題を抱えるドイツに追随するのが正しいのか。むしろ、これらの国が拠出をやめた分を埋めるような人道支援を考える局面ではないか」

◆デスクメモ

 伊藤忠はイスラエル軍の攻撃で多数のガザ市民が死亡している事実への評価はしていない。日本政府のUNRWAへの資金拠出停止も、影響を受ける人々の痛みへの配慮が不足している。平和、人権、法の支配。日本が本来よって立つべき基盤を自らないがしろにしていないか。(北)


世論の大きさを無視できなくなってきた。
声を上げることだ。

薄っすらまた雪



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