呼びかけ人・日本大学教授 広田照幸さん
「しんぶん赤旗」2024年3月21日
仕事増えても人員増えず
深刻化する教員の長時間過密労働と「教員不足」。「このままでは学校がもたない」と教育研究者有志20人が呼びかけた「教員の長時間勤務に歯止めをかけ、豊かな教育の実現を求める」署名は18万2000人分を超えて集まりました。呼びかけ人の一人、日本大学の広田照幸教授(元日本教育学会会長)に聞きました。(高間史人)
―「学校がもたない」という状況がなぜ生まれたのでしょうか。
文部科学省調査では小中学校の教員は平均1日3時間以上の時間外労働を強いられています。それだけ働かないと学校がまわらない状況なのです。
教員の長時間労働はずっと問題になってきました。1960年代には人事院が労働基準法にもとづいて超勤手当を支給するべきだとし、文部省(当時)もいったんは残業代を予算につけました。ところが自民党から横やりが入って、71年の教員給与特別措置法(給特法)で公立学校の教員には残業代は支給せず、代わりに一律に給与の4%の「教職調整手当」を支給する仕組みになりました。
4%というのは週2時間程度の残業があるという当時の調査を根拠にしたものでした。その後、学校の仕事はどんどん増えていきました。にもかかわらずこの50年、4%の固定した手当しか支給されず、残業に応じた支給がなされてこなかったわけです。
教員の仕事が増えた理由は三つほどあると思います。
80年代半ばぐらいから、「個性重視」がいわれ、個別の子どもにきちんと対応することや一人ひとりに考えさせたり、調べさせたりする指導など、生徒指導も学習指導もより高度化が求められました。一人ひとり丁寧に指導することは大切ですが、時間がかかります。それが教員の仕事の増加につながりました。
二つ目に92年から段階的に学校5日制が導入され、2002年から完全に土曜日が休みになりました。そのため週6日間でやっていた仕事を5日間でやるようになった。忙しくなるのは当然です。
三つ目は2000年代以降、プログラミング教育や小学校英語などが追加されたり、学校教育のICT化推進など、新しい指導内容が求められるようになり、学校がますます対応に追われることになりました。
新しい指導法など子どもたちの学習を変えていくこと自体は、すべて悪いわけではありません。しかし、それをやるための条件整備、具体的には教員の数を増やすということが行われなかった。条件整備が進まない中で学校にたいする要求がふくらみ、教員が多忙になっていきました。
その結果、個別の子どもに応じた指導が強調されてもできない。考えさせる授業をしたくてもできない。教育論は立派ですが、それに見合った余裕が教員にないから、改革も進まないのが現状です。
教員増 若い人が夢持てる目標を
―そうしたなかで教員のなり手がいないという事態も起こっていますね。
学校は長時間勤務が慢性化している職場だということが知られるようになって、教育に夢を持って教員になりたいと思っていた若い人たちが避けるようになりました。これからの人生のことを考えると厳しいと思うようになりました。大学の教員養成課程や教育学部の学生が、学べば学ぶほど教員になる夢がしぼんでいく状況です。
―研究者有志で署名を呼びかけた思いは。
学者がいくら教育論を語っても、よい教育を実現するためには学校の先生に余裕がなければなりません。この今一番の問題について研究者からものをいうべきだろうと考えました。これまであまり社会的な発信をしてこなかった研究者も含めて今回は呼びかけ人になりました。みなさん共通に強い危機感をもっていると思います。
私たちの署名に大きな反響があったのは、それだけ現場が疲弊し、深刻になっているということだと思います。だから多くの人が協力してくれたのです。
―長時間労働や「教員不足」の解決策は。
給特法の抜本的改正または廃止で教員に残業代を払うようにすることと、教員定数の基準を定めた義務標準法の改正で教員の数を増やすことです。
教員を増やすことについては、研究者の間で議論する中で、1人当たりの授業の持ちコマ数を減らすことが論点として浮かんできました。筑波大学の浜田博文教授は、小学校の教員が平均週24コマ持っているのを17コマに減らす、中学校の教員は平均週18コマを15コマに減らすことで長時間勤務を解消する提案をしています。
私がその提案にそって試算したところ、教員は約22万人増やさなければならず、年間約1兆5280億円かかります。かなりの額ですが、これからの日本の社会のためによい教育をするにはこれぐらいのお金の支出は必要ではないでしょうか。国民の中で財源も含めて議論して、合意を形成していく必要があると思います。
自民党は教職調整手当を4%から10%に引き上げる提案をしていますが、それでは現場の忙しさは何も変わりません。教員に時間の余裕ができるようにすることが必要です。教員を増やさないとあらゆることが解決しません。
文科省は、少しずつ積み上げて教員の数を増やそうとしていますが、それではいつまでたっても大幅な増加になりません。長時間勤務の問題を抜本的に解決するためにこれだけ必要だと目標を明確にして、段階的に増やしていく。いまはゴールが見えないから教員のなり手がいない。ゴールが見えれば若い人たちももう一度、教員になることに目を向けてくれるはずです。
ひろた・てるゆき 1959年生まれ。専門は教育社会学。2015~21年、日本教育学会会長を務める。著書に『教育は何をなすべきか―能力・職業・市民』『教育改革のやめ方』など。
これからの国を創るのは子どもたち。
しっかりと予算をつけてほしいものだ。