AERAdot連載「おんなの話はありがたい」
2021.6.15 北原みのり
作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、目前に迫ってきた東京五輪・パラリンピックの開催について。
【驚愕の一覧表】長野五輪招致に絡むIOC委員への過剰接待の実態
* * *
そういえば私は平昌冬季五輪の開会式を見に行ったのだった。
あのとき、事前の平昌五輪報道はひどいものだった。いわく、平昌はとにかく寒い。夜ともなれば体感はマイナス12度だ。メイン会場には屋根がなく、開会式は夜に行われるというのに防寒対策は小さな毛布1枚程度で、凍死者が出る可能性もある……というもので、なかにはできたてのカップラーメンが一瞬にして凍るというパフォーマンスを見せるメディアもあった。無謀な平昌オリパラの運営を批判し、「オリパラ史上初の無観客での開催になるのでは!?」と、むしろそれを望んでいるのではないかと思うような、意地の悪い報道も少なくなかった。
そこまで寒いのか……と私は恐れ、万全な防寒対策をした。マイナス20度の冷凍庫内で作業する人用の手袋や靴下や下着を身に着け、カイロを全身に貼り、ヒートテックを3枚重ね着し、さらにセーターを着て、シュラフを片手に、スキーウェアで会場に向かったのだ。しかも報道では「会場費の予算がなく、トイレが少なく混乱が予想される」というようなものもあり、一緒に行った友人は、母親の介護用の紙おむつを持ってきたほどだった。そう、死と漏れにおびえながら、私たちはオリンピック会場に向かったのだ。
そして……結論を言えば、私たちは間違いなく会場で最も厚着の女だった。なにしろ着ぶくれしているのでヨタヨタとしか歩けず、凍死しないためのシュラフやら毛布で手荷物がかさばり、観客数万人の人流のなかで汗が止まらず、口から出る言葉のほとんどが「暑い……」「のどが渇いた」(五輪会場は飲み物持参が禁止されている)で、冷たい飲み物、いやむしろかき氷を求めたい気分だった。驚いたのは「防寒対策はほとんどない」と嘲笑気味に日本では報道されていたというのに、観客全員に配られた防寒グッズの中には、ふかふかの毛布に耳まで隠れる帽子、手用のカイロ、椅子に敷くカイロや、防寒ポンチョがぎっしりと詰められていていたことだった。シュラフを広げることもなく、もちろん紙おむつなど不要で(トイレは潤沢にあり並ぶこともなかった)、額にうっすら汗をかきながら私たちは「キャンドル革命」を再現する開会式のパフォーマンスや、南北選手団が一緒に入ってきたときに沸き立つ会場の熱気に胸を熱くする時を過ごしたのだった。
東京五輪・パラリンピックが今、強引に開催されようとしている。あれほど「平昌では凍死者が出る」「平昌は無観客になるだろう」と騒いでいたマスコミは、東京オリパラについてもっと大騒ぎすべきなのではないだろうか。
平昌のメイン会場は約147億円で建てられた。屋根もなく暖房設備もないと批判する報道は珍しくなかったが、東京はどうか。1569億円という平昌の10倍以上のお金をかけて、屋根もなく、観客席に冷房設備もないほうがおかしくないだろうか。だいたい毎年1000人を超える熱中症の死者が出ている日本だ。暑さ対策のうえでのコロナ対策だなんて、そんなことが、本当に確実に安心安全にできるのだろうか。
6月に入ってから私は、日本女医会理事の青木正美医師の呼びかけに応じて、国際婦人年連絡会世話人で日本女医会前会長の前田佳子医師、看護師の宮子あずささん、東京新聞の望月衣塑子さん、フラワーデモの呼びかけ人の松尾亜紀子さんと「私たちが止めるしかない東京オリパラ」と称したオンライン抗議デモをはじめた。毎週火曜日に様々な立ち場で東京オリパラに反対する女性たちの声をつないでいくつもりだ。
女性たちで行うことにこだわったのは、パンデミック禍で仕事を失った人の多くは、飲食やサービス業で働いてきた非正規雇用の女性たちが圧倒的多数であり、また東京五輪のためにかり出される看護師の多くが女性であることなど、「国家」の威信を懸けたイベントのもと、女性たちの人生が見捨てられ、犠牲になっているのを目の当たりにしているからだ。また競技場建設のために都営住宅を強制退去させられた住民の多くは高齢女性でもあった。コロナ禍でなかったとしても、国際的「平和の祭典」の名のもとで行われる大規模開発によって、社会的に最も弱い人生(多くが貧困の女性)が残酷に切り捨てられるのが、オリパラの現実でもある。
平昌に行ったとき、私はソウルで知人にばったりと出会った。「何しに来たの~?」と、偶然の出会いに喜んだが、「五輪の抗議デモに参加しに来たの」と言われ、「私は……開会式見に来て……」ともごもご言いながら持っていた平昌グッズをかばんに押し込んだのだった。そのとき、彼女たちに平昌オリパラが山を切り崩し、環境を破壊し、土地に張りついて暮らすように生きてきた最も貧しい女性たちの人生を強制的に奪ってきたのだという話を聞いた。平昌に限らず、五輪とはそもそもそういう性質のものなのだと、五輪反対運動を繰り広げている彼女たちが教えてくれた。とはいえ……なのだ。そうは頭ではわかっていても、この五輪が「(汚染水は)アンダーコントロール」とうそで始まっていたと知っていても、私はアメリカ女子サッカーチームをどうしてもリアルに見たいという欲望に勝てず、今回、女子サッカーのチケットを購入したのだった。さすがに既にキャンセルはしているけれど、正しさだけでは動けない私の弱さがある。だからこれほど東京オリパラに反対していても、実際にオリパラが始まってしまったら、エライ方々の思惑通り、選手の戦う姿に私は心動かされるほうの人間だ。こわい。
それでもいったい、命と引き換えの、生活と引き換えの「感動」にいったいどんな価値があるというのだろう。どう考えても、この国に生きる多くの人が反対を表明し、政府に寄りそってきた専門家までもが「普通ではない」と開催に疑問を呈し、医療崩壊が懸念され、予測できない変異株が猛威を振るうなか、経済的に追い詰められている人が増え、自死者もじわじわと増えている状況で、なぜスポーツを観戦しなければいけないのか。やっぱり、わからない。生きるためにも、生活を守るためにも、冷静な判断でオリパラを諦められる国であってほしいと私は思う。人の弱さを利用し、感動を強要する国なんて嫌だ。
今年も暑い夏が来る。オリパラを止める立場にないと菅首相は言っていたが、だったらこの国に暮らす「私たち」の声で止めるしかないのではないだろうか。
⁂ ⁂ ⁂
“五輪 世界的議論が必要”
英医学誌『ランセット』社説
「しんぶん赤旗」2021年6月15日
保険医協会の意見書紹介
世界で最も権威のある医学誌の一つとされる英医学誌『ランセット』は12日付で、新型コロナウイルスのパンデミックのもとでの東京五輪について世界は話し合う必要があるとする社説を掲載しました。
東京五輪では200カ国以上から1万5000人のアスリートと8万人近くの役員やジャーナリスト、サポートスタッフが東京を訪れることになっています。社説は、これらの人々のワクチン接種が義務でなく、参加者が帰国したときに新たな流行を引き起こすとともに、ワクチン接種が遅れている日本の状況に悪影響を与える可能性があるとしています。
社説は、日本で開催反対の署名が多く集まり、世論調査でほとんどの回答者が中止か延期を求めるなど、東京五輪が不人気であることに注目。東京保険医協会が東京の病院は協力を求められても「手いっぱいで余力がほとんどない」として中止を求める意見書を菅義偉首相に送ったことなどを紹介しています。
社説は、東京五輪を中止する権限を持っているのは国際オリンピック委員会(IOC)だとしたうえで、これまで世界の人々の健康にかかわる組織がほとんど沈黙を守っているのは「責任の回避」だと指摘。東京五輪についての世界的な話し合いが必要だと強調しています。
色付いたイチゴ。
出荷するならもう遅いのです。完熟するのは明日でしょう。今は自分で食べる分しか作っていません。もちろん無農薬・無化学肥料で作っています。
紅輪タンポポ