米国は戦争早期終結のために広島、長崎への原爆投下を正当化する歴史観が主流だが、それも少しずつ崩れてきている。ポツダム宣言で国体護持を日本に保証していれば原爆投下をせずとも日本は降伏していた。
~~引用ここから~~
【ワシントン時事】米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)は5日、米軍による広島と長崎への原爆投下について「米指導層は不要だと分かっていた」とする寄稿文を掲載した。米国では原爆投下が「戦争を早期に終結させ、双方の被害を抑えるため必要だった」という見解が一般的だが、それに異を唱える主張と言える。
寄稿したのはシンクタンク「デモクラシー・コラボレーティブ」共同創設者で歴史学者のガー・アルペロビッツ氏と、米ジョージ・メイソン大のマーティン・シャーウィン教授(歴史学)。アルペロビッツ氏は、原爆投下がソ連に対する威嚇が主目的だったとする著作で知られる。
寄稿文は「原爆を使わなくても日本が(1945年)8月に降伏していたことは、日米の歴史文書で圧倒的に示されている」と主張。さらに「(原爆投下を決断した当時の)トルーマン大統領や側近らもそれを分かっていたことが、数々の資料で証明されている」と断じた。
具体的には、日本の敗戦を決定づけたソ連の対日参戦について、トルーマンは45年7月のポツダム会談でスターリンから確約を得ていたと指摘。トルーマンが会談後、夫人に「戦争は1年早く終わる」と伝えたエピソードを引用した。
また、米軍最高幹部8人のうち7人が、原爆使用について「軍事的に不必要か倫理的に非難に値する、あるいはその両方」と主張していたことを紹介。その一人で大統領の軍事顧問を務めたリーヒ元帥が、回想録に「広島と長崎での(原爆という)残酷な兵器の使用は、対日戦勝利に向けた物理的な助けには全くならなかった」と記していることを強調した。
寄稿文は、米科学誌発表の「終末時計」が今年、人類滅亡を示す午前0時まで過去最短の「100秒」と発表したことに言及。その事実が「核の時代の暴力的な幕開けが、いまだ歴史の中に封じ込められていないことを思い起こさせてくれる」と結んでいる。
~~引用ここまで~~
戦争の早期終結に原爆投下は必要なかった。ただ民間人を虐殺しただけだ。それに捕虜の米国軍人も数人巻き込まれている。原爆投下を正当化する米国人は彼らの犠牲も戦争早期終結のためにやむを得ぬ犠牲だったと強弁できるのだろうか。
無条件降伏を求めることがそもそも野蛮なのだ。降伏を求めるにしろある程度敵の名誉を保証してやらなければ自暴自棄になって降伏しなくなる。
最終的に国体護持を認めているのだから国体護持を認めるから降伏せよと条件付き降伏を呼び掛けていれば日本は降伏していた。ドイツも国防軍にクーデターを唆す降伏条件を認めていればクーデターが起きて降伏していただろう。ナチスと和解する必要もない。
親米の保守派(媚米派)が原爆投下を戦争犯罪と批判できないのはまだわかるが(それも情けないが)、反米のはずの左翼も原爆投下を戦争犯罪と批判することはほとんどないのだ。
左翼は知識人も一般人もマスコミもポツダム宣言を受け入れていれば原爆投下は避けられたと米国の戦争犯罪を免責し、日本に責任を負わせるのである。
ポツダム宣言のどこに早期受け入れをしなければ広島、長崎への原爆投下を行うという条文があったのだろうか。仮にあっても民間人を虐殺する戦争犯罪が正当化できるはずもない。
なぜ虐殺を行った米国を責めずに、ポツダム宣言を「黙殺」した日本を責めるのか。彼ら左翼はそんなに日本が憎いのか。同じ日本人とは思えない。
原爆により虐殺された人の遺族あるいは後遺症を負った人は1人でも米国に謝罪と賠償を求める裁判を起こしても良いと思うのだがそれもない。奴隷根性だろうか。
広島と長崎に原爆を2発、それも違った型の原爆を投下することは早期終結のためではないとわかりそうなものだが。
~~引用ここから~~
原爆投下「不要だった」 歴史家の寄稿掲載―米紙:時事ドットコム
【ワシントン時事】米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)は5日、米軍による広島と長崎への原爆投下について「米指導層は不要だと分かっていた」とす...
時事ドットコム
【ワシントン時事】米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)は5日、米軍による広島と長崎への原爆投下について「米指導層は不要だと分かっていた」とする寄稿文を掲載した。米国では原爆投下が「戦争を早期に終結させ、双方の被害を抑えるため必要だった」という見解が一般的だが、それに異を唱える主張と言える。
寄稿したのはシンクタンク「デモクラシー・コラボレーティブ」共同創設者で歴史学者のガー・アルペロビッツ氏と、米ジョージ・メイソン大のマーティン・シャーウィン教授(歴史学)。アルペロビッツ氏は、原爆投下がソ連に対する威嚇が主目的だったとする著作で知られる。
寄稿文は「原爆を使わなくても日本が(1945年)8月に降伏していたことは、日米の歴史文書で圧倒的に示されている」と主張。さらに「(原爆投下を決断した当時の)トルーマン大統領や側近らもそれを分かっていたことが、数々の資料で証明されている」と断じた。
具体的には、日本の敗戦を決定づけたソ連の対日参戦について、トルーマンは45年7月のポツダム会談でスターリンから確約を得ていたと指摘。トルーマンが会談後、夫人に「戦争は1年早く終わる」と伝えたエピソードを引用した。
また、米軍最高幹部8人のうち7人が、原爆使用について「軍事的に不必要か倫理的に非難に値する、あるいはその両方」と主張していたことを紹介。その一人で大統領の軍事顧問を務めたリーヒ元帥が、回想録に「広島と長崎での(原爆という)残酷な兵器の使用は、対日戦勝利に向けた物理的な助けには全くならなかった」と記していることを強調した。
寄稿文は、米科学誌発表の「終末時計」が今年、人類滅亡を示す午前0時まで過去最短の「100秒」と発表したことに言及。その事実が「核の時代の暴力的な幕開けが、いまだ歴史の中に封じ込められていないことを思い起こさせてくれる」と結んでいる。
~~引用ここまで~~
戦争の早期終結に原爆投下は必要なかった。ただ民間人を虐殺しただけだ。それに捕虜の米国軍人も数人巻き込まれている。原爆投下を正当化する米国人は彼らの犠牲も戦争早期終結のためにやむを得ぬ犠牲だったと強弁できるのだろうか。
無条件降伏を求めることがそもそも野蛮なのだ。降伏を求めるにしろある程度敵の名誉を保証してやらなければ自暴自棄になって降伏しなくなる。
最終的に国体護持を認めているのだから国体護持を認めるから降伏せよと条件付き降伏を呼び掛けていれば日本は降伏していた。ドイツも国防軍にクーデターを唆す降伏条件を認めていればクーデターが起きて降伏していただろう。ナチスと和解する必要もない。
親米の保守派(媚米派)が原爆投下を戦争犯罪と批判できないのはまだわかるが(それも情けないが)、反米のはずの左翼も原爆投下を戦争犯罪と批判することはほとんどないのだ。
左翼は知識人も一般人もマスコミもポツダム宣言を受け入れていれば原爆投下は避けられたと米国の戦争犯罪を免責し、日本に責任を負わせるのである。
ポツダム宣言のどこに早期受け入れをしなければ広島、長崎への原爆投下を行うという条文があったのだろうか。仮にあっても民間人を虐殺する戦争犯罪が正当化できるはずもない。
なぜ虐殺を行った米国を責めずに、ポツダム宣言を「黙殺」した日本を責めるのか。彼ら左翼はそんなに日本が憎いのか。同じ日本人とは思えない。
原爆により虐殺された人の遺族あるいは後遺症を負った人は1人でも米国に謝罪と賠償を求める裁判を起こしても良いと思うのだがそれもない。奴隷根性だろうか。
広島と長崎に原爆を2発、それも違った型の原爆を投下することは早期終結のためではないとわかりそうなものだが。
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