小諸 布引便り

信州の大自然に囲まれて、風を感じ、枝を眺めて、徒然に、社会戯評する日帰り温泉の湯治客です。愛犬の介護が終了しました。

旧いベトナム友人の小諸凸凹二泊三日滞在記:

2013年05月17日 | 社会戯評
旧いベトナム友人の小諸凸凹二泊三日滞在記:
今や、どこもかしこも、スマホによるWiFi活用で、ノートブック型のPCですら、持参することもない状況である。それにしても、日本では、その環境整備が、大幅に、遅れている。海外ウーファー達も、皆そうであるし、無料WiFi環境の整備こそが、観光立国のキー・ポイントであろう。日本の地方都市は、それなりに、大都会に近い環境であり、インフラも、整備されていて、海外旅行者にとっては、車さえあれば、素材は、一品である。とにかく、騒音の真っ只中から、満天の星空の下、物音一つしない夜の静寂の世界へと来たわけであるから、音楽でも聴いていないと落ち着かなくなるのであろうか?水道水も飲料可能であることが、信じられないようである。生野菜も確かに、美味しく、とりわけ、旬の太いグリーン・アスパラガスなどに至っては、生まれて、初めて食したと驚嘆の叫びである。又、想像していたよりも、恐らく、街自体が、大きかったのであろう、地図上の小さな点からは、ずっと、大きな街であることに驚いていた。山並み自体が、珍しいものであり、わけても、残雪が未だ残っている雪山などは、初めて観る光景で、湖面と雪山をバックに、記念撮影である。生魚の刺身や、和牛や鶏肉の焼き肉も、現地の日本食レストランで食するものとは、その質が異なり、更に、本場産の信州蕎麦にも、おおいに、舌鼓を打ったものである。地方文化と自然環境と空気・水・食事・おもてなしの心遣いなどは、やはり、観光の根幹なのであろう?都会での味気ないホテル滞在に慣れた海外旅行者にとっては、何とも、堪らない経験であったそうである。最後に、露天風呂から、眺める雄大な浅間山に連なる山々を眺めながら、まだ、一寸、冷たいそよ風に、打たれながら、燕が飛び交う様を観ていると時間が、ゆっくりと流れて行くものである。いつも、あくせく、セカセカと、現地の騒音の中で、生活している彼らにとっては、極上の贅沢な時間の過ごし方であると言っていた。新緑の若葉の世界が、秋には、又、紅葉して、全く趣きが異なる世界に変貌すると説明しても、恐らくは、分からないことであろう。多分、違った季節に、再び、来日すれば、その理由が、おおいに、分かろうというものである。全く、嵐のような二泊三日の駆け足滞在ではあったものの、人生初めての様々な体験もしたようで、おおいに、小諸ファンとなって、東京へ戻って行った。早速、現地のスタッフに、連絡したところ、私も私もと、小諸に行ってみたいと言い始めているそうである。食に、自然に、人間に、そして、歴史・文化に触れれば、反日などという考え方は、どこかへ、一気に吹っ飛んでしまうものであろう。草の根の小さな民間外交であると考えれば、それでよいではないだろうか。未だ、山桜も咲いていたが、今度は、秋を愉しみたいそうである。