4月17日から5泊6日のソウル旅行について、やっと最終日をお届けします。
残る半日は、最初に訪れた工芸博物館を再訪しようと決めていました。
いつものように朝食を終え、部屋に戻ってお茶をしながら最終の荷作りチェック。持参したものも購入したものも、厳選し少量ですから意外に早く済みました。
博物館の開館には少し早かったんですが、9時半に出発。ホテルの曹渓寺側出入り口を出ると、ホテルの中庭があります。私が単独行動をしている間、夫が車椅子を杖代わりにせっせと歩行練習をしたところです。
こことも今日でお別れです。感謝と名残惜しさにシャッターを押しました。
ホテルの敷地を出て左へ数十メーターーで郵政路と栗谷路の交差点に出ます。
交差点の向こうが博物館ですが、時間が早いので周辺を散策します。
交差点を北上、徳成女子中学校と高校の間の道。三号線安国駅から三清洞へ抜ける道で、何度も通った大好きな道です。工芸博物館ができる前は駅からこの道に入ってすぐの部分も美しい塀に囲まれた、それはそれは雰囲気の良いところでした!
新しく標識ができていました。徳成女子中・高の設立者であり独立運動家として知られる女性と、その教えを受けて主体的に当時の運動に参加した女学生たちを讃え、鍾路区がこの一帯の道路440mを「女性独立運動家の道」と指定したあります。
韓国民衆の足跡を忘れずに残そうという取り組みは、また↓こんな事も共有されています。‘九回目の春ー記憶.約束.責任’
9年前多くの若い命が犠牲になったセウォル号事件.韓国の人々は何故あれほどの惨事になったかを深く記憶に留め、二度とそのような事態が引き起こされない事を祈念しているようです。
そろそろ開館時間かと博物館に向かいます。
今日は別な棟を見るからと、適当に見当をつけて入口を探しましたが、展示室には正面玄関から入らないといけないようでした。坂道を頑張って登ったウリナムピョン、また頑張って同じ道を引き返しましたが、途中にある子供博物館に展望台があるとわかって行ってみることにしました。(子供博物館観覧は子供とその付き添いの大人が対象で、大人だけの観覧は不可ですが、展望台はフリーでした)
展望台から鍾路360度の風景
東側(ビルの向こうに昌徳宮・宗廟方面)
南側(正面奥の方に鍾路タワー・鐘閣)
おまけ(宿泊したホテル)
↓
西側(仁王山方面ーいつも見上げていた仁王山がほぼ同じ目線で、はじめはどこにあるか、わかりませんでした)下に見えている広場は、イベント広場とか書かれていたような気がします.今後どんなイベントが開催され、またこの広場がどんなふうに変わっていくかも、とても楽しみです♪
北側(北岳山ー王宮を前にしていないとイメージが違って別な景色のようです)
展望台からの景色を暫し堪能し、展示場へ。
第二棟の各種工芸品の制作技法を紹介する展示を、興味深く見ました。日本にも同様の伝統的な技術があるのでとても親しみやすかったです。写真は最近は全てタブレットで撮っているので、写りが悪いと承知しているので数は取らないことにしていますが、展示内容や様子をお知らせできるかと、一点だけ漆の螺鈿技法についてのみご紹介してみます。
まずは螺鈿を施す素材の木製の小箱の製作から(木を加工し小箱や家具などを製作する技術者を小木匠ーソモクチャンというそうです)
螺鈿の製作過程
見学を終えホテルに戻ったのは11時半を過ぎていたでしょうか。昼食は空港で摂ることにして、タクシーを呼んでもらって、12時には仁川へむかいました。小1時間、渋滞もなく快適なドライブでした。
チェックイン後は空港のレストランで最後の食事。何を食べたのか写真を撮らなかったので、全く思い出せないのがなさけないです。何となく、前日食べるつもりが違うものになった記憶が新しいので、ソルロンタンにでもしたような気がします。夫はキムチチゲだったそうです。
ここで写した写真が一枚だけあります。人に代わって出来上がった料理を運ぶロボットです。実際にお店で目にするのが初めてだったので撮ってみましたが、お膳の受け渡しのシャッターチャンスは時間切れで狙えませんでした。
出国は、成田での出国が地上の職員と機上の職員の連携が、とてもスムーズでどこもスイスイ進めたのに比べると、全然駄目で搭乗時にかなりの時間がかかった気がします。よくわからないので問題が解決するまでただ待っていただけですが、終わってわかってみれば、成田と仁川で車椅子の扱い方が違っていて、そのことに無自覚でいたことが原因のようです。成田で事前連絡したように仁川でも連絡していたら無かったトラブルかもしれません。何事も備えあれば〜です。
帰国時は、もう一つトラブルが起きました。出発時は成田までのバス移動を難なくクリアーした夫、帰国時のバスでは突然腰が痛みだし、狭い座席に身動きできない状態が苦痛で苦痛でたまらなくなってしまったという不幸が………(申し訳ない<(__)>
ドアーtoドアーのバス利用が、介助に一番楽そうだったので。思い返して見ればもう何年も前から、韓国内の地方旅などでも乗車中身動きできないバスより電車旅を好んでいましたね.すっかり忘れていました)
というわけで自宅にたどり着いた時は夫は体が、私は心がへとへとになっていましたが、無事(?)帰れた充足感にもみたされていました。やっぱり旅はやめられません!