長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

衣更(ころもがえ)

2010年05月14日 01時22分02秒 | 稽古の横道
 今日は、今年の旧暦の暦では四月一日。衣更えの日である。
 「旧暦では四月一日が衣更えだったんですよ」と説明すると、みんな「へー、そうだったんですか」と、なんとなくわかったようなわからないような…つまりそう言われてもどうも実感できなくて、やっぱりわからないなぁ…というような顔をする。
 しかし、ここ数日来のこの初夏のような日差しを体感していると、実に理にかなった、日本の気候に合っているのが旧暦なんだなぁ、と実感できる。

 「四月一日」と書いて、「わたぬき」さんという名字の方がいらっしゃるそうだ。
 表と裏、二枚の生地を合わせてつくる着物が「袷(あわせ)」。それをほどいて、初夏と初秋用に、一枚の生地で仕立てる着物が「単衣(ひとえ)」。盛夏には、生地の種類が違う単衣仕立ての「薄物(うすもの)」を着る。

 旧暦では、ひと月が29日か30日。小の月が29日間で、大の月が30日間である。大の月と小の月が必ず交互に来るとは限らない。3か月ほど小の月が続く年もあるし、いろいろなのだ。
 だから昔は、今月は小の月ですよ、大の月ですよ、とわかるように、商家の軒先に円い看板のようなものをぶら下げて皆に教えていたらしい。なんでそうまでして皆に周知させる必要があったのかは、かように暦が自由な法則性ともいえない法則を持ち、月末に支払いをする社会においては当然のことだったろう。
 これは、そういう暦の成り立ちがわからなければ理解できない話で、習俗が全く異なってしまった別の時代、別の場所で、いくら説明しても納得してもらえないのはしかたないことだろう。実感できて、初めて、知識となるのだから。

 旧暦では1年が360日ほどだから、どうしてもだんだんズレてくる。それを解消するのが閏月である。これは、私には詳しい計算式は分からないが、その道のプロが計算して、お裁縫でいえば、いせこみのような技術を駆使して、毎年毎年つつがなく一年を迎える暦を製作していたのだ。

 暦を制するものは、国を制す。暦をつくるということは、国家の運営を掌握しているということだから、昔は、朝廷が暦をつくっていた。
 織田信長が、暦をつくる権利を俺によこせ、と、朝廷に要求したのは有名な話だが、太陰暦の暦の重要性が分かってこそ、ふうむ、と納得できる話なのだ。
 さすがノブナガくん、眼のつけどころが違うなぁ…。
 

コメント
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