長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

美容院ジプシー

2010年10月17日 01時30分00秒 | 凝り性の筋
 きものを着こなす、いちばんの要、ポイントは何だと思いますか、みなさん。
 着物姿のポイントは、帯です。…いいや、帯締めです。んにゃ、着物の柄です。いえ、色合いですョ…と、皆さん、さまざまなご意見をお持ちであろうと思う。
 着物姿のポイントは、なんといっても、TPOをわきまえた程のよい取り合わせなのだが、本当はもっと大切なところがある。
 それは、おぐし。頭、髪形である。

 とくに観劇の際の着物のおしゃれは、髪形ですべてが決まる、と、力強く断言したい。
 どんなに凝った帯や着物を身につけていても、観客の場合、劇場で過ごす9割方の時間は、椅子に座っている。いかに芝居のテーマにマッチした風物のコーディネイトをしていようと、贔屓の役者に関連した紋やキャラクター文様で決めていようと、桟敷に座らない限り、ほとんど目立たない。
 バストショットより下は、ないも同然なのだ。

 しかし、この髪形というもの、今やまっとうに拵えようと思うと、幻の麦わらストローを求めるように、大変なことなのだ。
 吉祥寺稽古場に至る吉祥寺通りのわずか200メートルの間でさえ、美容院が十数軒、妍を競って軒を連ねている。別に髪結い横町というような、特別な場所なわけではない。
 しかし、それらはすべて、今様のニーズにお応えになっているという点で、私には無縁の美容院なのだ。今日的な美容院で、うっかりカットしてもらうと、自分でアップにしたときに全然まとまらない。
 心得のある美容師さんにカットしていただくと、梳いてあろうが段がついていようが、キチンとまとまる切り方をしてくれた。そしてその上、洋装のときでもしゃれて見えたものだったのだが…。

 21世紀になってここ10年ほどというもの、美容院、ビューティ・サロンの傾向はエアリーなカット、ということで、カットの技術を先鋭化させることに腐心し、髪を結いあげる技術というものが廃れてしまったのだ。
 カラーが退行したら部分染めだけしてくれるとか、シャンプーにアロマが、とか、マッサージがうまい、とか、リラクゼーションタイムという点では、本当に素敵な美容室ばかりなのだが、違う。ワタシのと違うんだなー、これが。

 以前私は、大変腕のいい美容師の先生を知っていた。何の変哲もない住宅街の昭和な美容院だった。何より手早く、すべてお任せで、私の顔に合うように、前髪の上げ具合から、左右のサイドの膨らみのまとめ方といい、すべて可笑しくないようにしてくれた。
 人それぞれ、鬢の膨らませ方と髷のトップの来る場所が、その人の顔の形に合う場所というのがあって、それがちょっとでも違うと、ぜんぜん違って、ヘンになってしまう。
 それを30分程度で、パパッと結い上げてくれるのだ。まさにプロ。この、何の気なしにアップができる腕、というものは、もはやたいへん貴重な技術なのである。

 …しかし、その美容院の先生は、ある年、今度二世帯住宅に建て替えて、孫の面倒を見るから…アタシももう、来年で七十なんですよ…とおっしゃって、引退してしまった。

 そうして、私の流浪の旅が始まった。
 この、大仰でなく程よくまとめて、自分の顔の形に合ったように結い上げてくれる美容師さんを求めて、幾年月。私はあちこちを彷徨った。
 そういう技術を持った美容師さんは絶滅種なので、商店街のしもた屋風のビルの、階段を上がった二階にあったりする。…女が階段を上るとき。昭和なのだ。
 でもやはり、そういう前時代の価値観で成り立っている業態のものは、やっとの思いで探し当てても、ほどなくお店自体がビルの建て替えで立ち退き…というような悲しい別れに至り、再び私は、旅を続けることになるのだった。

 しかし、気をつけなければならない。あるとき、お店の名前が○×美粧院とかいうので、よしっ!と思って入ったら、パーマをかけられすぎて、サザエさんのようになってしまった。
 あれは漫画だからいいわけで、現実に自分の頭がああなったら、情けないもンですョ…正月早々気が滅入ることこの上なかった。
 …まあ、髪の毛は、直しがきくからいいんですけどね…。

 いまどきの美容師さんはアップもそつなく手早にやってくれるのだけれど、違うのだ。洋服や浴衣には合うのかもしれないけど。外国から見た日本の国を紹介する教科書に載ってる人みたいになっているのだ。スターウォーズに出てくるお姫様とか。
 それでは、黒紋付に合わないのだ。
 さて、私、どこの美容院へ行ったらよいのでしょう…美容院を求めて三千里。

 ……とか悲観的になっていたのが、今年の梅雨時。「髪結新三」なんてお芝居が観たくなる時分でしたが、ありがたいもんですねぇ。
 おとつい、いつものように美容院探訪に出かけて、初めてのお店で結い上げてもらったら、あにはからんや…というよりも、案の定、やっぱりスターウォーズのような、頭を扁平な棕櫚団扇で挟んだような、仏さまのような髪形にされてしまった。
 それでいつもは自分で直していたのだが、ちょっと心持ちを替えて、翌朝、なでつけし直してもらったときに、昔の(といってもほんの10年前なんですが)着物の本を持って行って、さらに、やってほしい髪形のポイントを図解した。

 考えてみたら、ここ10年ほどの着物雑誌の髪形も、今風に変化していて、若い美容師さんは、古典的な髷のフォルム…われらが美しいと感じる価値基準を知らないのだ。

 後生畏るべし。
 やっぱり、現代っ子の年若い美容師さんでも、餅は餅屋。本職さんだ。私の望むところをたちどころに理解し、サラリとやってのけた。感動した。
 美容師さんには「カントク、これでどうです?」とか言われてしまったが、いやー、嬉しかったですねぇ。

 日本の文化を担う技術者がいなくなったと嘆いてばかりいないで、老人たちには育てる義務があると、痛感した。
 若い才能は、それを体得するだけの可能性を秘めている。


追記:この記事を読んで下さってか、吉祥寺の美容室で、
古典芸能業界の髪型にアップしていただけるお店をご紹介いただきたい、というご連絡を頂いた。
申し訳ないことに、本稿でご紹介した美容師さんは、この記事の2、3年後に産休で退職なさり、
その後私もこの美容室には伺わなくなってしまったので、ご期待に沿えないことをここにお伝えいたします。
あしからずご容赦くださいませ。
コメント (2)
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