長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

神酒所/猿の巻

2010年06月06日 01時40分00秒 | 落語だった
 「山王の桜に三猿三下り 合いの手と手と 手手と手と手と」
 東京かわら版という、たぶん、日本国内で唯一の演芸専門情報誌があって、ひところの私は、この月刊誌がなくては夜も日も明けぬ寄席通いをしていた。
 お正月号には恒例の新年懸賞クイズがあって、10問だか20問だったか、落語や講談、芸人関連のクイズが出る。成績優秀者には寄席の招待券やら、うれしいプレゼントがあるのだが、昭和の終わりごろのある年、私は自分でも予期せぬことに2位になって、先代正楽師匠の紙切りの「藤娘」の色紙をいただいた。
 そのとき、分からなかった問題がこの、「山王の桜に××三下り…」の伏せ字部分に言葉を埋める問いだった。しょっちゅう耳にする句だったのだが、何だったか思い出せない。いろいろと心あての速記本を探してみたが、あいにく見当たらなかった。改めてテープを聴き探る時間もなく、後日、先代金馬のテープか何かで気付き、雑俳だった~~~っと頭を抱えたのだった。悔しかったので、今でも覚えている。
 それからしばらくして、NHKで、正楽師匠原作の『晴れのちカミナリ』が、まだ初々しかった渡辺謙と黒木瞳共演でドラマ化された。あまりTVドラマを観ない私には珍しく、毎週ビデオに録って、まるで自分ごとのように、二人の恋心の行方を案じていたのだった。その直後だったか、売り出し中の渡辺謙が発病したと聞き、たいそう吃驚した。

 先週から、内堀郭内界隈の街角のいたるところに、山王祭の神酒所ができている。各町内、神輿や山車を辻々に飾り、いつだったかの年は、祭囃子が麹町や番町のビジネス街にも流れて、なにやら心が浮き立った。
 もう十年以上前、外出先でお昼を食べ損ねた私は、未の下刻になって、京橋の大通りに面したビルの二階にあった、老舗のフルーツパーラーで、サンドウィッチを食べていた。そのころは今のように夕方までランチをやっている店もなく、時間がずれるとデパートの食堂か、喫茶店で食べるしかなかったのだ。
 ふと、通りに目をやると、トラックに神輿のようなものが載っていて、祭囃子を流しながら、中央通りを走っている。神田祭は五月だし、今時分、何のお祭りだろう…??と不思議に思い、お店のお兄さんに伺ったら、「山王さまのご祭礼なンですけどね、このあたりの氏子は不精だから、あぁやってトラックに神輿を載せて、町内をぐるぐる回ってるンですよ」と、ちょっと照れくさそうに教えてくれた。
 へえぇぇ~~~。トラックに載せて神輿渡御してても、町内の祀りごとを忘れずに執り行っている、今どき、それだけでもエライってもんですョ。
 それよりも、私が驚いたのは、神田にごく近い、京橋のこの辺りも、日枝神社の氏子だったということだ。あとで調べてみたら、銀座、京橋、日本橋の一部も山王権現の氏子だった。すごいなぁ。さすがに将軍家鎮守だっただけのことはある。

 ♪猿は山王、まさる目出度き…長唄に「外記猿」という面白い曲がある。外記節の「猿」という意味合いで作曲されたのを、キムタク、ブラピのように略して通称となっている。
 この曲の前弾き(曲冒頭の唄に入る前の三味線だけの演奏部分。俗にいうイントロのようなもの)は、「辻打ち」という、太鼓が入る賑やかなメロディで、寄席の出囃子でもよく使われている。見世物小屋で使われていたメロディを、猿回しの登場するイメージに当てはめたそうだ。飄逸で愉快で、♪トテテントテテン…という弾き出しが、心浮き立つ。

 先日、久しぶりに入った池袋演芸場で、外記猿の出囃子が流れた。そして、中入りののち、再び外記猿が流れた。不思議に思っていると、同じ噺家さんが上がった。そこで、何の気なしに入ってしまったのだが、若手の勉強会だったことに気がついた。
 二つ目の噺家二人が自主公演をしていたらしい。…しかし、いくら出囃子とはいえ、昔の落語会は、同じ出囃子を二回続けて使うことはなかったように思う。独演会ではなおさらで、そんな味気ない体験をしたことはなかった。
 番組構成的にも、曲がないではないか。たしか、トレードマークの出囃子とは別に、上がりの順番とかによっても使う出囃子があるはずだし、二つ目さん用に使う出囃子もあったはずなので、別の意味で、曲がない、というわけでもないだろう。二人が交互に出るのでやむなし…なのか、繰り返しの笑いをとる実験をしているのか…笑える時もあるけれど、あいにくその時は笑えなかった。

 冒頭に挙げた句「山王の…」の、テテトテトテト…は太鼓の音とも、口三味線とも取れて、リズミカルで面白い言葉遊びになっている。口三味線でいえば、テンは三の糸の開放絃で、トンは二の糸の開放絃だから、「三三二三二三二…」。
 一方「外記猿」の前弾きはトテテントテテン…ですから、「二三三、二三三…」。
 さあ、これであなたも、外記猿の出囃子が弾ける……かも。

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2 コメント

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高島屋かつ重 (おば)
2010-06-08 22:33:50
日本橋と浅草のみこし話題で、それぞれのじいさまどうしで、その山王さんの氏子、出てたわよ。「なんでこっちからこっちがこうなんだ」とか。おばちゃま方向音痴だし、なんのことかさっぱりわからなかった。はは(笑)。
都会でおんなひとりのランチって、むかしからむずかしかったのよ。おばちゃまは高島屋のかつ重がいちおしでした。
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伝統の変遷 (徳桜)
2010-06-09 09:54:09
長唄には「神田祭」と「三社祭」というポピュラーな曲があります。
「神田祭」では歌詞の中に何番目のだしは何々と、説明してあって、面白いですよ。それぞれで象徴にしているものもいろいろだし。
お祭りも時代によって、しきたりとかやり方とか若干変わってるみたいです。
知人が「東京の祭りの掛け声はああじゃなかった、わっしょいだった」と言ってました。
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