ナカナカピエロ おきらくごくらく

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デビルマン

2011-07-21 01:48:06 | 日記
デビルマン

デビルマンは子供の時のヒーローだった。
しかし、原作がひどく残虐なストーリーだったことを知ったのは高校生の時。

悪魔の力を手に入れた男。

これが果たして正義のヒーローなのか。原作を読んでいると悪魔と人間を内在してしまった主人公の葛藤が垣間見れる。そして悪魔と戦うことの空しさを感じるのだ。

そして悪魔を生み出すのは、まさに人間であることをまざまざと見せつけられる。

そして、なんとなくグリム童話などの原作を辿っていくと、実は残虐な内容であることが多いという点でも符合している。

デビルマンは我々の時代の童話だったのかもしれない。

最後に、とんねるずの番組にデビルウーマン(?)として出演していた小野みゆきは、最高だったことを書き添えておこう。
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ツール

2011-07-20 01:29:50 | 日記
ツール

雨のち曇り。
台風が来ている。会社いきたくねーって思ってしまう。

心療内科の先生曰く、日が差さないとセロトニンの分泌が少なくなり、調子が悪くなるとのこと。この症状を抑えるため、数週間前から追加の薬を飲んでいる。薬剤師からは、現状服用している薬だけでも眠気が残るのに、これを追加したら、相当眠くなりますよ、言われた。確かに昼休みに少し仮眠を、と思っていたら、チャイムに気がつかず、寝入ることもしばしば。。。。起きたら、皆、仕事をはじめていたりと。。。ちょっとバツが悪い。

脱線してしまった。。。もとい。

今、内輪でこっそりと作業していることがある。と、言っても客からのクレーム対応なので、おざなりにはできない。内部で使用しているシステムにちょっとカテゴリを追加するだけなのだが。。。処理の内容はあるサイトから検索して該当するデータをコピーしてきてDBに登録し、それを元に契約ユーザ限定の情報を我々のサイトで公開すると言ったシステムだ。

と言うわけで、年寄りの私と若い同僚と二人で作業している。私は未熟なプログラマーだが、若い同僚は優秀なので、私は工程管理とテスト、若い同僚はプログラム作成と分担を決め、作業している。

若い同僚がプログラムの作りこみを終えたので、テストを始めた。2~3時間ほど作業している中、ふと我に返って、”あれっ?これってDBに登録した何千件ものデータを全部照合するってこと? うーん。駄目だ。いくら時間があっても終わらねえじゃん!”と思って、テスト用のツールを検討することになった。

ツールは結局システムと同じように、あるサイトから検索して該当するデータをコピーするプログラムを作成することになった。一番時間がかかるからである。で、httpなど何も分からないまま、ツール作成。システムはシェルで書かれているようだが、ツールはJavaで書くことに。proxy を通すのが面倒だったが、100行ぐらいでツールができてしまった。

そして何千件ものデータのコピー処理を僅か30秒ほどで完了!大幅な工数削減。そしてDBへの登録漏れが大量に検出?とりあえず、若い同僚に結果をメールで送信!

改めてJavaってすげぇ、と思ってしまった。Windows、Unix関係なく、anywhere, anytimeだし。

こういうおもちゃプログラムで遊んでいると楽しい。

後記
原田芳雄、死亡。ショック。いい俳優だったのに。

続後記
魁皇、現役引退。よくここまで頑張ったよ。お疲れさま。
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大人の童謡

2011-07-19 00:08:58 | 日記
大人の童謡

母が2枚組の童謡歌集のCDを買ってきた。

どれも小さい頃に聞いた歌ばかりだ。素朴だが、歌詞も良いし、メロディもいい。お子さんのおられる方はぜひ聞かせてほしい。

CDに収められている曲の中でも私が好きな童謡がこれ。

   チーチーパッパ
   チーパッパ
   すずめの学校の先生は♪。。

この”チーチーパッパ”のフレーズはなかなか出てこない。詩を書いている私は脱帽してしまう。これを小学生の合唱団が歌うのだから、とてもかわいい。毎回、この曲が始まると笑ってしまう。

絵本もそうだが、童謡のような子供向けのものでも、良いものは大人になっても楽しめるものだ。

このCDをかけると、母はまるで童心にかえったように、一緒に歌っている。

後記
やったね!なでしこ Japan。
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亡き父を偲ぶ

2011-07-18 04:28:55 | 日記
亡き父を偲ぶ

久しぶりに家族で墓参りに行った。

父は享年64歳。昭和一ケタ生まれである。父は、自分の父親が70歳まで生きたから、70歳までは生きたいと言っていた。だから早死である。

一つ上の学年だったら、徴兵されていたと聞いた。空軍に入りたかったと言っていたのを記憶している。学生時代は陸上選手だったそうだ。ただ結核を患っていたことを知ったのは、亡くなる間際だった。

父は高卒で銀行員だった。多分、頑張って勉強し、苦労したのであろう。私には大学まで行かせてあげたかったのだと思う。大学への進学については異論はなかった。

父は、大酒のみでヘビースモーカーだった。いつも晩酌は欠かさなかったし、セブンスターを一日に2箱吸っていた。

ただ健康を気遣ってか、薬だけは欠かさず飲んでいた。同僚の仲間からは、薬大臣と呼ばれていたらしい。また駅では同僚に遠慮することがなく、ワンカップ大関をいつも飲んでいたそうだ。居酒屋に行っても、酒ばかりで、つまみに箸を付けることがなかったらしい。

父は頑固で、怒るとものすごく怖かったが、銀行員という職務がら、外では愛想がよかったと聞く。

昔はやせ細っていたが、50歳ぐらいになると、カーネルサンダースのような体になっていた。健康診断があっても結果を家に持ってかえることがなかったので、母は何もしらなかった。

60歳近くになるくらいで、たばこはやめた。ただ酒だけは縁がきれなかったようだ。大腸がん、胃がんと大病し、体はみるみる痩せていきながらも、酒だけは隠れてのんでいたらしい。もちろん医者からは酒はやめなさいと言われている身だ。

父の訃報を私は職場で聞いた。姉からの電話だった。身体がもう弱っていたのだろう。死因は肺炎だった。安らかな死に顔であった。

遺書は公正証書として弁護士に預け、生命保険や遺族年金など、母が困らないよう、後始末もしっかり考えていたことも、後で分かった。

病で苦しみながら死んだ訳ではなかったので、ある意味、潔かった。できれば私もこうありたいと思う。

ただ遂に腹を割ってお互い話をしたことがなかったので、それは後悔した。

このブログを始めた理由の一つに父との思い出をどこかに残したかったという思いがあった。人の墓は三代で無縁仏になると聞いたことがある。父も私も何れ誰の記憶にも残らず、忘れ去られるだろう。

それでも引っ掻き傷ぐらいは残してやろうかと無駄な抵抗をしてみるのである。
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マスクメロン

2011-07-17 00:15:34 | 日記
マスクメロン

母が三浦の自家売りでマスクメロン2個を購入した。

そう。網のあるザラザラなメロンである。ツルツルのメロンではない。

昔はマスクメロンと言えば、フルーツ界の王様。幼少の頃、果物屋では一番奥の一番高いところに鎮座していた。言わば、果物屋の神棚である。

母はよく客引きやセールスマンの言葉にだまされやすい。昔、要りもしない百科事典を買わされたりしていたこともあった。注文してから、品物がなかなか来なかったので、まただまされたんじゃないかと思っていたが、ようやく品物が届いた。

実を言うと、私はメロンはあまり好きではない。なんか味が希薄で、歯がうくような後味が残るからである。しかしそれは、私がツルツルのメロンばかり食べていたからだということが判明した。熟したマスクメロンは、甘くてとてもおいしかった。私は本当のメロンを食べたのだ。

私の夢はマスクメロンを半分に切って、半分丸ごと食べること。その夢は遂に実現された。そして子供のように、皮が破れて穴が空いてしまうほど、先割れスプーンでガリガリやっていた。

まっこと、私は幸せな人間である。
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時効警察

2011-07-16 02:44:19 | 日記
時効警察

時効警察は、33分探偵に続き、脱力系のドラマだ。

オダギリジョーが演じる時効課警察課 霧山修一朗が時効になった事件を趣味で捜査して、事件を解決してしまうドラマだ。麻生久美子演じる三日月の弾けた演技が面白い。ふせえりなど、他の配役もはまっている。

毎回、マニアックな細かいギャグが話の筋書きに折り込まれ、また関係なく、仕掛けられていて笑わせてくれる。

帰ってきた時効警察もよろしくお願いします。

お勧めです。

後記
部屋にゲジゲジ発見。悲鳴をあげながらも、ティッシュで取ろうと思ったが、強く押さえつけられなくて、ソファの下に。。。ふぇーん、眠れないよう!
とりあえずスプレー式殺虫剤をソファの周りにかけ、封印しておいたが。。。枕もとに殺虫剤を置くはめに。。。
どんなホラー映画よりも心臓に悪い。
ああああああああああああああああああーっ。
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かき氷

2011-07-15 00:59:53 | 日記
かき氷

かき氷は大好き。

子供の頃はクーラーなんてなかったから、家で作るかき氷を姉も私も夏の間、楽しんだ。

かき氷に使う氷は専用の器に水を張って冷凍庫に入れておく。丸い形で真ん中に棒を差し込む穴が空いている。例えて言うなら、缶詰のパイナップルのような感じ。凍ったら容器から出して、かき氷機にセット。あとはくるくる回すだけなのだが、これがなかなか難しく、途中で氷が割れてしまうとジエンドなので、姉と私は気が気ではなく、母が回すかき氷機を前にして、興奮し、落ち着きがなかった。

氷が途中で割れると必ず姉とけんかになった。二つの氷をめぐって、どっちが多いの少ないのとなる訳だ。今から思えば懐かしい思い出だ。

シロップは決まってカルピス。これがやっぱりめちゃくちゃおいしい。

今の子供は、どんな気持ちでかき氷を食べるのだろう。私のように、かき氷に郷愁を感じるだろうか。

かき氷は、私にとって夏の風物詩である。
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セミ

2011-07-14 01:50:52 | 日記
セミ

ついに鳴きだした。セミである。

昔は近くに林のようなところがあって、小さい頃は、よくセミを取った。そのほとんどがアブラゼミである。今でも近くで鳴いていれば、手で取れたりする。だから、私にとって羽根が透き通ったミンミンゼミなどは英雄であった。

林ではセミの抜け殻がたくさん取れた。一回だけ、朝早く犬の散歩をしている時、孵化するセミを見たことがある。中からは真っ白な体で出てきた。なんとも稀有な瞬間である。

それでは「屋上の幻想」から。。。ちょっと長いけど。。。

断末魔

ある日
俺の耳から
蝉が入ってきた

強引に耳穴を抉じ開け
俺の耳奥で
しばらく鳴き続けた後
断末魔をあげて
そっくり返り
お陀仏になった

それからしばらく
物忘れが激しくなった
何か思い出そうとしても
前頭側頭葉がやられているらしい
そんな感じで俺は
段々と俺を失い始め
ついには山奥の病院に
隔離されることとなった

俺は白い部屋に
入れられている
物音はしなかった
夜になっても
白い蛍光灯が照らし続け
部屋の隅に闇を作ることはなかった

そうやって十年が過ぎた
そしてその年の夏がやってきた
自分の異変がついにやってきたのだ
この十年間俺の脳味噌を食い荒らし
生を育んできた幼虫がついに孵化し
数百とも知れぬ蝉が
俺の頭の中で一斉に鳴きだした
そいつらは純粋な生に従って
それを全うすべく
俺の頭蓋骨を抉じ開け
脳味噌をぶちまけようとしているのだ

俺は強引に耳穴を抉じ開け
俺の耳奥で
鳴き続けている蝉を掻き出すべく
しばらく白い部屋でのた打ち回った後
断末魔をあげて
そっくり返り
お陀仏になった

壊れたテープレコーダのように
蝉の鳴き声が流れ続ける俺の頭を残して

..........................。

そんなことを考えながら
蝉がわんさか鳴き続ける
大きな木の下で
俺は汗を拭きながら
夏の日差しをしのぐ


後記
とりあえず会社に行けた。
サリンジャーの短編「バナナフィッシュにうってつけの日」の主人公のように人生を終わりにできたなら、と思う。
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学級崩壊

2011-07-13 01:01:29 | 日記
学級崩壊

小学6年の時、担任は新任の女の先生だった。

我々のクラスに障害のある女生徒がいたが、その先生は何かにつけ、その女生徒をえこひいきをするものだから、クラスの女生徒と男子生徒は皆反発した。つまりは同じ机を並べた生徒なのだから、同列に扱ってほしかったのである。(今なら先生の気持ちもわかるが。。。)

そして学級崩壊。

体育の時間が終わっても教室に帰らず、次の時限が始まっても、まだ外でおしゃべりしていたり、みんなで屋上に集まり、持ち寄ったお菓子を食べて、授業をサボったりしていた。

一番ひどかったのは理科の時間だ。

5つぐらいの班に分けて、塩酸に溶ける金属は何かを調べるため、5,6本の細いビーカーに等分の塩酸を入れ、銅やアルミニウムを入れて、どれが溶けどれが溶けないかを調べるのだが、ある班は、一つのビーカーに塩酸を並々と注いで全て入れ、調べるべき銅やアルミニウムも全て放り込んでいた。当然ビーカーは地獄谷のようにグツグツあぶくを出して、いつ破裂してもおかしくない状態に。しかし当の生徒は怒られようが平気で、何が悪いんだと反抗的な態度を取った。

また授業中、理科室にあるプラスチックの注射器を水鉄砲にして、皆に1つずつ回し、準備完了。誰が最初にやるかうかがって顔を見合わせたところ、ある生徒が先生が黒板に書いて後ろを向いた時に、黒板めがけて水鉄砲を放ち、黒板が濡れた。先生は後ろを振り向いて、”誰だ!今やったのはっ!”と言ったがもう遅かった。ここぞとばかり、皆立ち上がっては、先生に向かって、注射器で水をかけまくった。後の様子は地獄絵巻、惨澹たるものだった。

かような小学生時代を送った私が真面目になろうとすること自体、そもそも無理なんではないかと。。。。

後記
人間不信に陥る。どうしても職場に足が向かわない。誰もいない、誰も知らない場所だけが、心に安らぎを与えてくれる。会社に行けるように願う。
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自転車

2011-07-12 01:56:46 | 日記
自転車

私は今、自転車を持っていない。

高校時代からの親友は、自転車に凝っており、10数万だかの外国製の自転車を持っている。自転車を買うときは、俺に相談してくれと言っている。まあ、私はママチャリでも十分なのだが、折りたたみ自転車だと電車とかで現地まで行き、そこで乗れる楽しみがあるので、買う時には、親友に相談しようと思っている。

私は幼稚園に入るか入らないかぐらいの年で、補助なしの自転車に乗ることができた。すり傷もかえりみず、ものすごく練習したのを覚えている。

小学生の時は、ママチャリだった。他の友達が5段ギア付きの自転車の中で、私だけはギアなしのママチャリだった。みんなに付いていくためには、5倍の速さで足を回さないといけない。それでも私は、この身軽いママチャリが好きだった。

私の家は学校から一番遠く、学校の近くに住む友達の所に行くためには、長い急な坂をくだり、そしてまた長い急な坂をかけあがらなくては行けない。私はノーブレーキで坂をくだり、信号が青であれば、その勢いで一騎にかけあがった。時には、手放しで降りていた。今思うと恐ろしい。

そんな私も二人乗りができない。これは内緒である。
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