なわて仮説サークル

 仮説実験授業の話題を中心にいろいろなことが毎回話題に上がっています。ぜひ,参加してください。

中さんの会

2019-03-20 13:01:00 | 研究会
中一夫さんを囲んで
<なわて仮説サークル創設30周年企画>

毎年恒例の中さんの会です

2019年2月16日・17日
(10:00開始)
ルネサンス大阪高等学校


詳細はチラシをダウンロードしてください
  ↓
vi2019nqj.pdf



終わりました。その報告です。
  ↓
2019.docx

例会

2019-03-20 12:56:00 | ノンジャンル
●定例会=2019年3月16日(土) 午後2時~6時
●会 場=四條畷学園小学校科学準備室
●参加者 (18名) 
渡辺慶二(豊年福祉会・相談役)
西村寿雄(科学読み物・地学研究)
   音田輝元(大阪府高齢者大学校理事・大阪科学の授業をたのしむ会代表)
瀧川光治(大学教授)
森下貴夫(大阪市小学校・教務)
石本裕樹(守口市小学校・教頭)
   岡部智子(高槻市小学校2年)
岡田和成(大阪市小学校5年)
   中嶋典子(枚方市小学校栄養教諭)
 雁金 隆(四條畷学園小学校科学専科)
 雁金美佐枝(自称「家政婦」)
 木村直子(大東市小学校3年)
 北村 修(枚方市小学校5年)
   笠井 亮(大阪電気通信大学・ルネサンス大阪高校非常勤講師)
永岡 修(四條畷学園小学校1年)
古川真司(岸和田市小学校・特別支援)
岡田准子(科学実験愛好家)
水口民夫(ルネサンス大阪高校理科非常勤講師)


<資料発表>

★渡辺慶二(豊年福祉会・相談役)
 午前中は毎日,娘さんの車の送り迎えでホームに行って入所者のみなさんと会うのを楽しみにしています。二次会の食事会もお元気に参加されていました。
★西村寿雄(科学読み物・地学研究)
「板倉聖宣 科学読み物論」は「科学読物研究会2019年総会」の資料です。「科学者という人間がいて初めて科学が成立します。ですから,科学読物というのは人間の物語なのです。自然の物語ではないのです」という文がとくに心に残りました。30日に西村先生のガイドで「玄武洞・豊岡コウノトリの郷公園」に行きます。そのときの「しおり」を持ってきていただきました。

★音田輝元(大阪府高齢者大学校理事・大阪科学の授業をたのしむ会代表)
2018年度は,2月までの集計(高大音田グループ)で実に95回もの「たのしい科学実験教室」を開きました。単純計算して,3日に1回の割合です。イベント参加者数はおよそ7700人!「無能な私でも,「子ども達の前にたてば,たのしい科学の授業ができる!仮説実験授業ができる!」という事実は,私に多くの幸福感と意欲を与えてくれました。幸運にも高大と<おもしろ科学・手作りおもちゃ体験」科>に出会い,多くの人と関わり,学び活動しながら成長することができました。これからも,「終わりよければすべてよし」とつぶやくことができるように,幸福論の原点,<絶対自己的自己賞賛!>を忘れず,「私が,私自身を高く評価することができるような生き方をしていきたい」と思います」と力強く書かれています。

★石本裕樹(守口市小学校・教頭) 
年度末は,教頭として通知表の所見欄の文章チェックをしています。自分が会社勤めのときに上司から文章のチェックを受けた経験が役立っているそうです。主語のない文はわかりにくいなどの観点で見ているということです。「まほうのわ」(人間関係のねじれバージョンの口上)(原案=西岡明信さん,人間関係バージョン作成=峯岸昌弘さん)の実演をしてもらいました。

★中嶋典子(枚方市小学校栄養教諭) 
『科学と方法」英訳刊行委員会の「Kasetsuの栞」の紹介がありました。中嶋さんは,英訳本を買われて,中さんの会にも持ってきてくれました。英訳された授業書は,これから本格的に始まる小学校での英語の時間に使えるのではないか,という意見もでました。

★木村直子(大東市小学校3年)
『たのしい授業』1月号に掲載された「おに版画」(村岡京子さんの実践)をやり,満足のいく作品ができました。中学生の娘さんが「アリハウス」に興味を持っていて,その紹介がありました。これについては,『たのしい授業」の3月にくわしく書かれています。「アリハウス」は人工的に作られたアリの飼育小屋です。雁金隆さんいわく「アリの巣の建売住宅」です。ぼくは実物を見たことはないのですが,実際に「アリハウス」で飼育されているアリを早く見てみたいです。

★雁金美佐枝(元・四條畷学園小学校 現・自称「家政婦」)
退職して1年がすぎようとしています。いまは,ゆっくりした生活を送っています。パライソの会のときは,家で作った手料理を持ってきてみんなにふるまってくれます。渡辺先生の「アッシー」として,サークルの送り迎えをしてもらっています。中さんの会での講演記録は,このサークルニュースの最後に掲載しています。ぜひ,お読みください。

★永岡 修(四條畷学園小学校1年)
 1年担任として無事に一年が終わりました。毎年学園の卒業式で歌っている「先生の歌」を独唱してもらいました。学園では,卒業生,在校生,先生,保護者が歌を歌います。校長・来賓のあいさつは短めにして,卒業生中心の卒業式になるように心がけているそうです。「卒業写真」も校長・担任らが中心に座ることなく,卒業生が中心に位置しています。また,卒業式の練習も3回程度にして練習にかける負担を少なくしています。

★北村 修(枚方市小学校5年)
 担任の先生のサポート役としてクラスを半分に分けて中さんのプラン「ある盗難事件の話」をしました。「親友との関係はもどらなくて残念だけど,みんなからの信頼はとりもどせてよかったと思いました。一回自分がしたらいろんな時に疑われるけど,自分がしたことは受け止めて,疑われることがなくなることはないかも知れないけど,少しでもそういうことを減らせられたらいいなあと思いました。せまい景色をみて誤解せずに,心を大きくして全体を見られるような人になろうと思いました。」(女子 5・5)というような感想も出て,授業してよかったです。

★笠井 亮(大阪電気通信大学・ルネサンス大阪高校 非常勤講師)
「モーターは発電機!」というお話をしてもらいました。「回生ブレーキ」というのは,動いた車両や器具の運動エネルギーを活用して逆モーターで発電を行い,電気エネルギー(回生エネルギー)として回収するものです。学研都市線の電車内で撮影した電流計・速度計・圧力計の針の変化がわかる動画も見せてもらいました。板倉先生が書かれた<教師のための電気学入門>のなかの「発光ダイオード」の実験も見せてもらいました。

★岡田和成(大阪市小学校5年)
3学期は毎日やらなければいけないことが多くて忙しいです。その中で,仮説で学んだたのしい授業,プランなどをやっていくのは,やりがいがあります。体育では,久しぶりに「紅白玉合戦」をしました。図工では黒田さんの「木版画」をやりました。3月にはいって,《世界の国旗》を始めました。もう10回ほどしていますが,毎回新しい発見があって,うれしいです。これからもこの授業書を広めていきたいと思います。

★雁金 隆(四條畷学園小学校科学専科)
3月末で定年退職します。4月からは再任用で勤務します。「カーリーの4年科学通信」には「物の三態変化」の授業で「サバイバルクイズ」を出しました。無人島に流されたときの飲み水の作り方を各自考えてもらいました。

★岡部智子(高槻市小学校2年)
 学級通信「どきどき」には,《自由電子が見えたなら》」の感想が載せられています。「とてもたのしかった」23人,「たのしかった」3人,それ以下0人という評価でした。図工の時間に「ごちゃまぜカメレオン」の色塗りをして,とてもたのしかったそうです。

★古川真司(岸和田市小学校特別支援)
新任3年目の教師生活もあと半月になりました。いまは,仮説実験授業はできませんが,科学クラブの担当として,たのしい実験ができてよかったです。特別支援学級の担任として学ぶことも多い一年でした。4月から自宅を「堺仮説会館」としてオープンします。元・担任として,これからの活動に大いに期待しています。設立趣意書は,次のページに掲載しています。

★岡田准子(科学実験愛好家)
「かがやけ十円玉」の内容の実験をしてもらいました。岡田さんは,このプランがあることを知らなかったようですが,ソース・しょうゆ・マヨネーズ・ドレッシング・ごま油などを持ってきて10円玉にかけるとどうなるかみんなで予想をしました。

★瀧川光治(大学教授)
いまから20年以上前に「なわて仮説サークル」に参加していた青年が,大学教授としてサークルにもどってきてくれました。うれしいことです。大学では「保育学」を教えています。サークルに参加したきっかけは,2年前に研修会で講師としてきていた瀧川さんとサークルの岡部さんとの偶然の出会いです。この出会いがなかったら,サークルのみんなとの再会はなかったと思います。

★森下貴夫(大阪市小学校・教務)
教務主任として忙しい毎日を送っています。「パライソの会」では,いつも会っているのですが,サークルに来るのは久しぶりでした。来年度は3年担任として復帰します。仮説実験授業の実践の話が聞けたらうれしいなあと思います。

★水口民夫(ルネサンス大阪高校理科非常勤講師) 
 今年の夏の全国大会の帰りになわて仮説サークル大人の遠足「岩手県三陸海岸復興見学の旅」を計画しました。釜石と宮古の復興のようすを見てきます。中一夫さんが『たのしい授業」で4月から連載される「ファーブルの自然科学物語」を紹介しました。

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「堺仮説会館」設立趣意書
 
仮説実験授業研究会会員の古川真司君(岸和田市小学校)の発案で古川君の自宅に「堺仮説会館」をオープンすることになりました。現在,古川君の自宅には,分子模型や結晶・鉱物標本がたくさんありますが,これらを広く公開し,「すべてのものは原子でできている」ということを知ってもらうことが一番の設立の目的です。
今後は,分子模型の展示のみならず,分子模型の製作,地域での科学教室の開催等,仮説実験授業の研究の成果を多くの人々に広めていきたいと考えています。
また,年に1回,この会館で「合宿研究会」もひらきます。以前,なわて仮説サークルでは,渡辺慶二先生のご自宅を利用させていただき,夜通し,〈板倉哲学〉を語りあったり仮説実験授業の実践報告をしてきましたが,近年では,諸事情によりできなくなりました。その再開の場として「堺仮説会館」を利用したいと考えています。みなさまの温かいご支援により,「堺仮説会館」が発展していきますよう願っています。(文責=水口)

館長=古川真司   名誉館長=西村寿雄   名誉副館長=音田輝元  
顧問=笠井亮・水口民夫(2019年3月現在)

四條畷学園小学校での
仮説実験授業


           雁金美佐枝


仮説実験授業との出会い
私は教員を志して大教大に入学したのですが教員採用試験に落ちました。自分の不勉強さを棚に上げ 「教員採用試験の合格者はコネがある」 という話を耳にして,あきらめというか失望し,ゆっくり別の就職を考えてました。卒業後も教員採用試験を受けませんでした。しばらくバイトをして塾の講師をしていました。ある時,四條畷学園小学校の産休講師の話がありました。先生には不適格と思いながらも四條畷学園小学校の教育に興味を持ち面接に行きました。採用されて3ヶ月勤めることになったのです。
四條畷学園小学校の子どもたちは,とても人懐こくかわいかったです。また先生方に助けていただき毎日が楽しかったのか嫌なことが思い出せません。産休講師が終わるころには 「この小学校なら先生がしたいなあ」 と思っていました。私学ですので空きがなければ無理です。あきらめていました。就活も遅い時期でぶらぶらしていたら,縁あって四條畷学園小学校に採用が決まりました。あきらめていたので,「え?わたしでいいの?」 と思いました。
それが36年前です。1983年。当時,四條畷学園小学校では既に全校体制で仮説実験授業をしていました。始めは,やらない人が一人だけいたのですが,その後全員仮説実験授業をしていると言うか,するのが当たり前という状態でした。
でも,私は仮説実験授業をやらねばならないからスタートしたのではなかったのです。高学年は科学専科でしたから担任は仮説実験授業ができませんでした。でも科学の授業は出来るだけ子どもたちと一緒に受けていました。空き時間でしたが他のことをするより科学の授業を受けている方が遙かに楽しかったからです。当時の科学専科は大園先生です。

5年生の最初の科学は「ばねと力」
【問題】を読んで 「うーん。どうなんのかなあ?」 と考えて予想を立てる。子どもたちの意見や討論を聞いて 「なるほど」 と予想変更した後,実験にわくわくしました。実験で正解して思わず両手をあげていました。よくまちがえましたが恥ずかしくなかったです。それより賢くなっていく自分を感じて嬉しくて学ぶことが楽しいと思いました。子どもたちと同じでした。いやいや子どもたちの方が賢かったです。 《ばねと力》 の問題を子どもたちが作り,それが解けない私。ところどころ授業を受けていなかったからでしょうか。分かっていませんでした。でも,授業そのものを私が楽しんでいました。そして,授業をしている子どもたちの楽しそうな顔。目がキラキラして「イエーイ!」と叫ぶガッツポーズ。私の授業ではなかなかお目にかかれません。 「この授業は大園先生だから?」 とまた自信喪失になりそうでしたが,お助けマンの渡辺先生の計らいで私も社会科の時間に 《宇宙への道》 をすることになりました。仮説実験授業ができるのです。科学準備室に実験道具はそろっています。後は授業書を刷れば授業ができます。渡辺先生から「まずはこの本を読んでしっかり勉強しいや」 と言われて 『仮説実験授業のABC』 を手渡されました。 「本当にこんな素晴らしい授業ができるのかな」 「早くやってみたい」 と思いました。社会科ではそのころ仮説実験授業研究会で発表された 《自給率》 《ゴミどん》 (後の 《ゴミと環境》 )をしました。新しいプランを学び教える楽しさにどんどん魅かれていきました。
夏休みには仮説実験授業の全国大会(白浜大会)に参加しました。渡辺先生に連れて行って頂きました。その時にいくつか驚いた事があります。まず,渡辺先生がすごく偉いっぽい先生であること。(有名人なのかいつの間にか舞台の上で進行をしてはりました) 研究会なのに先生方が寝ころんで人の話を聞いていること。寝てはる人もいてはりました。ナイターがあること。板倉先生のお話がよくわからないことなどなど。そして,開放感があって自由(自主的)でいいなあとすぐになじめました。仮説実験授業は学ぶ楽しさ,その感動を伝えたくなるのです。(自信は無いのに意欲が出たような気になるのです。)
学校では何もかも初めての事なので渡辺先生についていこう!と思っていました。毎日放課後にクラスのこと授業のことなどよく話しあっていたように思います。授業だけでなく学校行事,特殊なカリキュラム,学級づくり,子どもへの接し方,保護者対応などなど。ところがある時,渡辺先生が海外研修で3週間ほどいらっしゃらないことがありました。そんな時に私のクラスで犬を飼うことになってしまった事件がありました。この話は,「36人と1匹」というタイトルで,以前まとめたことがあります。
そして,なんとか1年が過ぎ就職2年目が6年生の担任です。(担任は2年間持ち上がりが原則でしたので,お隣のクラスの担任は渡辺先生です) 最初2年間渡辺先生と一緒に過ごしたということです。渡辺先生に刷り込まれ,いや育まれました。だから仮説実験授業が好きになったのではありませんが,多少の影響といっぱい恩恵を受けました。そして,3年目が3年生の担任です。渡辺先生と離れました。やっと仮説(科学)の授業ができます。科学準備室で予備実験するのが楽しかった事を覚えています。体重計に片足で立ったり踏ん張ったり,せんべいを割って重さを量ったり,木切れを水槽に浮かべて重さを量ったり,磁石を割ったりなど。これまた,教えるはず私が,目からうろこの連続。4年目には4年生,5年目に1年生,6年目に2年生の担任をしました。6年間で全学年の担任をし,1年から4年までの仮説実験授業のカリキュラムを一通り学ぶ体験教える体験ができました。さらに出産と育休の後,科学専科を1年間したので5年生6年生の仮説実験授業もできました。まさに仮説実験授業フルコースの日々でした。

授業公開研究会
仮説実験授業は教師を一度断念した私にでもできる。楽しい授業ができることが本当に有り難かったです。1990年に校内で「仮説実験授業・授業運営法学習会」が始まりました。 《自由電子が見えたなら》 です。今の校長先生も参加していました。その翌年に 「仮説実験授業公開・研究会」 が開催されたのです。私が二人目の子どもの育休後,学校に戻った年が授業公開研究会2回目でした。全国からたくさんの学校の先生が来られて驚きました(全国から500人以上)。 そして,何より嬉しかったことは授業を楽しんでる子どもたちが見られたことです。仮説実験授業研究会の会員の先生の授業が見られ
たことです。自分も授業を見て頂きたくさんのことを学びました。先生方の個性から学ぶこともありました。授業態度が悪くても子どもは考えてるし話を聞いているということ。先生は授業の進行役で,しゃべりす
ぎないこと。楽しいかどうか子どもに聞けばよいこと。問題の説明は丁寧にすること。などなど。また,楽しんでいるクラスの子どもたちを見ていると,さらに愛おしくなりました。この研究会は12年間続きました。音田先生を始めなわて仮説サークルのみな様。そして全国の研究会員の方々に助けて頂いて(おんぶにだっこ状態)の研究会でした。今でも秋にコスモスの花を見ると研究会のことが思い出されます。子どもたちの笑顔がよみがえります。宝です(公開授業や研究会はとても楽しく学べました。四條畷学園小学校の先生方に経験してほしいです)。
 
渡辺先生の退職と現在
四條畷学園小学校の仮説実験授業は1964年に渡辺先生が成城学園の研究会の授業参観で感動し,校内で研究討議されたのが始まりのようです。1972年に第1回科学教育研究会開催。その後毎年開催されましたが,いろいろな事情で研究会が持たれなくなったようです。でも普段の仮説実験授業は変わりなく続けられてきたのです。そして,1991年から授業公開および研究会が12年間続きました。1996年渡辺先生が退職される時,四條畷学園小学校から仮説実験授業がなくなる?と懸念された研究会員の方もいたようですが,私は不安を感じませんでした。でも,授業公開および研究会の開催には不安がありました。その後6年間はなわて仮説サークルや仮説実験授業事務局,会員の方々に支えられ助けていただき開催出来ました。でも2003年にまたまたいろいろな事情により「授業公開&研究会」ができなくなりました。
その後も,科学(仮説)のカリキュラムに関して不安な案件は無く,少し内容が変わりはしましたが,今でも仮説実験授業を全学年でしています。全校体制でしていることがいいのかどうかはわかりませんが。渡辺先生は「四條畷学園小学校だからできるんや。」と断言してはりました(私が退職して1年すぎる今も学園小学校では仮説実験授業が当然のように続いています)。
先月久しぶりに学園小学校で 《電池と回路》 の授業をさせてもらいました。8ヶ月ぶりに教室で仮説実験授業がさせてもらえるのですから喜んで引き受けました。
授業書の全部に目を通し,授業書の【問題5】 の流れをイメージして望みました。授業の初めのあいさつを考え,授業の準備は電池と豆電球,ソケット(電線つき)ペンチだけ持って教室に向かいました。どきどきすることなくすーと授業が始まりながれていきます。
この日,急に1時限目は2年い組で 【問題3】 の授業でした。にぎやかで楽しかったです。2時限目は2年ろ組で 【問題5】 の授業を見て頂きました。ゆっくりと時間が流れ実験では歓声があがりました。3時限目は永岡先生の授業(1年生・《空気と水》 )を参観しました。意見や,初めて討論する?小さな科学者たちに学ばせてもらいました。気持ちいい時を過ごさせてもらいました。私には授業をする側,観る側からも学べる貴重な日でした。
何時間も教材研究をしなくともいいのです。子どもたちがイメージできるよう問題を説明し予想を立ててもらい,意見や討論の後に結果が実験で決まるのです。実験ですべてが決まるので,実験の練習(予備実験)だけは頑張りました。後は,子どもたちが授業をすすめていくのです。ほぼ確実に子どもたちが喜ぶこんな素晴らしい仮説実験授業を四條畷学園小学校という恵まれた環境の中でできたことが幸せでした。感謝でいっぱいです。

四條畷学園小学校という
恵まれた環境とは
学園小学校の教育方針と仮説実験授業との思想があっていること。先輩の先生方からのたゆまぬ努力によって民主的な職員集団があること。これが四條畷学園小学校で仮説実験授業が育つ土壌になっているのでしょう。仮説実験授業によって育った子どもたちと一緒に私も民主的な職場と仮説実験授業に守り育ててこられたのかなと思います。

退職後の私(近況)
父の介護が続きました。94才という高齢で死を覚悟しての介護です。でも覚悟なんてできませんでした。「尊厳死」という言葉に出会い,いろいろ考えることができました。考えながらその時々に対応していくのが精一杯です。介護中はたくさんの方に助けてもらいました。24時間体制での看護師さん。主治医訪問介護。デイケアマネージャー。近所の方々。そして,家族。今まで知らなかった世界が始まりました。常に 「これでいいのか。これでよかったのか。」 の繰り返し。点滴やチュウブを嫌がる父。でも簡単に外すことができません。みんなに助けられ父は立ち上がり少し歩ける状態にまで回復しました。父の望む状態になり笑顔が戻りました。私もまだまだ頑張れると思っていました。が,やはりしんどそうです。 「頑張って生きて」 という願いが 「頑張らなくていいよ。もう十分頑張ったよ」 とかわっていきました。疲れたからでなく,自然に父を見ていて思うようになりました。5月になり急変。木が枯れるように水を受け付けなくなりました。最期は父の望むように家で息を引き取りました。最期を看取ることができたことに感謝です。父と感謝の気持ちでわかれることができました。その後葬儀やお墓など次々対応にも心して考えていくことができま。夏に埋葬を終え,気持ちが落ち着いた母のことを今もどうしたものかは考えながらです。
今は孫の世話をしたり,山の散歩やヨガをしたり月1で料理教室にも行くなど楽しんでいます。新しい世界が広がりそこでの学びが楽しいです。いろいろ考えることや学ぶ楽しさを教えてくれたのが学園小学校です。その喜びを伝えてくれたのが仮説実験授業です。