長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『パム&トミー』

2022-05-15 | 海外ドラマ(は)

 1995年に起きたトミー・リーとパメラ・アンダーソンのセックステープ流出事件を描く本作は、回を追う毎にいくつものレイヤーが重ねられ、全8話を見終える頃には全く異なる地平に辿り着くユニークな作品だ。モトリー・クルーのドラマー、トミー・リーとプレイメイト出身の妻パメラ・アンダーソンの大豪邸を改築工事していた大工のランドは、ロックスターの気まぐれ(というか奇行)に翻弄され、ろくに工事費も払ってもらえないまま一方的に解雇される。当然、怒りを募らせたランドは腹いせに豪邸へ忍び込み、金庫を強奪。その中にはトミー・リーとパメラ・アンダーソンのセックステープが納められていた。

 『パム&トミー』はこのセス・ローゲン演じるランドから物語を始めたのが正解だ。風采の上がらないランドに対して、トミー・リーはイケメンのロックスター。おまけにセックスシンボル、パメラ・アンダーソンと結婚までしている。そんなトミー・リーにあんな理不尽なイジメを受けたら、そりゃ仕返しをしてやろうと思うのも無理はない。キャリアを見渡せば常に率先して“ヨゴれ”を引き受けてきたセス・ローゲンは、この度し難いまでのクズ男に憐れみと共感を込め、観る者はランドを唾棄しながら、しかし切り捨てることのできない想いを抱くのである。第3話以後、ランドがあらゆるコネクションを使ってセックステープ販売流通網を構築していく件はサクセスストーリー風ですらあり、エロに対する探究心はかくも人をアグレッシブにさせるのかと同じ男性としては気恥ずかしいばかりだ。ランドの裏ビジネスを手助けするAV監督役にはニック・オファーマンが扮し、いつも通り息をするような自然な芝居でゲスを演じて、名優の偉大な芸風を見せてくれている。

 この題材に『ラースとその彼女』『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』の監督クレイグ・ギレスピーはうってつけの人選だ。一見、眉をひそめたくなってしまうような人々をとびきりラブリーに描くのが彼の作風である。第2話では遡ってトミー・リーとパメラ・アンダーソンの出会いが描かれ、2人のラブストーリーは…とびっきりピュアなのだ。方や破天荒なお騒がせロックスター、方やプレイメイト出身のセックスシンボル。世間が抱くパブリックイメージはあれど、男と女がベッドに入ればそんなことは関係ない。セバスチャン・スタンとリリー・ジェームズは2人をなんとも愛らしく演じており、新境地開拓だ。本作は件のセックステープに対して「愛し合う2人のキュートなプライベートビデオ」という独自の解釈を与えて再定義している。

 しかし『パム&トミー』はおバカな導入部に笑っていたのも束の間、どんどん恐ろしい話に発展するところに本質がある。自分の知らないところでプライバシーが流出し、パメラ・アンダーソンは性的に“消費”されていく。ドラマは肌を見せたことで社会から軽視されてきた彼女のキャリアを振り返り、再定義し、寄り添おうと試みる(彼女のロールモデルがジェーン・フォンダである事は象徴的だ)。そして彼女の身に降りかかった出来事は有名無名を問わず、容易にプライバシーをインターネットという公に掲示できる今日、誰にでも起こり、そして加害者にもなり得ると僕らは改めて思い知るのだ。


『パム&トミー』22・米
製作 ロバート・シーゲル、クレイグ・ギレスピー
出演 リリー・ジェームズ、セバスチャン・スタン、セス・ローゲン、ニック・オファーマン

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