例年同様、今年も各データベースを基に2023年製作の映画を選出している。そのためトッド・フィールド『TAR』、パク・チャヌク『別れる決心』、シャーロット・ウェルズ『aftersun/アフターサン』、スピルバーグ『フェイブルマンズ』、グァダニーノ『ボーンズ アンド オール』、ロバート・エガース『ノースマン 導かれし復讐者』、スコリモフスキ『EO イーオー』、タイ・ウェスト『PEARL パール』、クローネンバーグ『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』、クラピッシュ『ダンサー イン Paris』などが選外になっていることを断っておく(2023年上半期ベスト10はこちら)。ストリーミングプラットフォームが隆盛し、世界中でほぼ同時に同じ作品を見られるようになった今、既に評価の確立した昨年以前の映画について僕が順位をあれこれ逡巡することは2023年に生き、映画を見ていたことにはならないだろうというのが理由だ。
【MOVIE】
監督 マーティン・スコセッシ
2、『ザ・キラー』
監督 デヴィッド・フィンチャー
3、『落下の解剖学』
監督 ジュスティーヌ・トリエ
4、『パリの記憶』
監督 アリス・ウィンクール
監督 ギャレス・エドワーズ
監督 ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・スミス
7、『AIR/エア』
監督 ベン・アフレック
監督 サム・エスメイル
監督 宮崎駿
10、『バービー』
監督 グレタ・ガーウィグ
僕たちの生きる社会システムの限界について想わずにはいられない1年だった。戦火は拡がりを続け、政治腐敗がはびこり、物価は高騰。ローンチ当初は格安にも思えたストリーミングサービスの月額費も気付けばそれなりの出費になっており、日本では映画館の料金も上がった。ついに産業構造が限界に達したハリウッドはパンデミックが明けたにもかかわらず、俳優・脚本両組合のストライキによって半年以上も機能を停止。多くの映画が製作中断、公開延期となりヴィルヌーヴの『DUNE PART2』は2024年に持ち越された。当然、ここ日本に入ってくる“洋画”や“海外ドラマ”も激減し、先に挙げた「世界中で同時に見ることができる」からは程遠くなり始めている。2023年のアメリカ映画における重要作(おそらく今後、発表されるアカデミー賞も制することになる)『オッペンハイマー』は日本で劇場公開されていない。かろうじて2024年の公開がアナウンスされているが、未だ公開日も決まっていない状態だ。
そんな2023年を象徴する重要作の多くが既存システムへの抵抗や批評をテーマにしていた。サマーシーズンに歴史的な大ヒットを飛ばした『バービー』がコメディの体裁で観客の多くを目覚めさせ、グレタ・ガーウィグはこれまで執拗に女性映画監督のキャリアを閉ざしてきたハリウッドを平伏させた。ハリウッド映画の衰退は外国映画にチャンスをもたらし、宮崎駿の『君たちはどう生きるか』が全米興行収入第1位を記録。日本では老齢の巨匠に往時の作風を求める批評性のなさから興行はさほど振るわなかったが、HBOMAXでジブリ作品をストリーミング視聴できる北米の観客には機が熟していた。2023年の優れたインディーズ映画『リアリティ』で、ごく小さなディテールに宮崎映画が“共通言語”として織り込まれていたことも偶然ではないだろう。
オスカーレースを見る限り、ベン・アフレック監督の復活作となる『AIR』への過小評価にはいい加減にしてくれとしか言いようがない。1984年のナイキによるエアジョーダン開発秘話を描いた本作は、2023年を最も的確に批評した作品である。アメリカという国を成してきたイノベーションとは何かと問いかけ、それはアルゴリズムと数字に支配された現在のハリウッドに向けられている。マイケル・ジョーダンが結んだ恒久的に売上の一部を得られる画期的な契約は今年、任天堂(宮本茂)が自らプロデュースし、大成功を収めた『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』や、東宝が直々に全米で配給した『ゴジラ-1.0』、テイラー・スウィフトが劇場側と直接に配給契約した『テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR』など、正当な権利所持者が正当な報酬を得られた大ヒット作に影響を見受けることができる。
また、『AIR』が先陣を切った劇場公開とストリーミングの並行リリース形態も方向性が見えてきた。拡大公開を行い、一定期間を経た後の配信でも双方に不利益にならないことが『AIR』やApple製作の『ナポレオン』、そして『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で実証されたのだ。
スコセッシの『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は19世紀に莫大なオイルマネーを手に入れたオセージ族と、それにむらがった白人たちを描いた実録作品であり、アメリカという国が白人という搾取者の構築したシステムによって成り立ってきたことを看破する力作である。『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』『ザ・クリエイター』、そしてハリウッドシステムの完全に外で創作を続けるフィンチャーの『ザ・キラー』などは、いずれも既存システムへの懐疑と抵抗を描いていた。生活インフラからテスラやNetflixに至るまで全てのシステムが崩壊する様を描いた『終わらない週末』の不気味さは、来る2024年アメリカ大統領選挙を前にした内戦の不安に他ならないだろう。
ハリウッドが弱まれば、当然アメリカ以外の映画を見る機会も増え、2023年は地盤の固いフランス映画に当たりが多かった。カンヌパルムドールを制したジュスティーヌ・トリエの『落下の解剖学』は、おそらくオスカーにも乗り込むことになるはず。そして日本では劇場未公開のアリス・ウィンクール監督作『パリの記憶』は、厳密には2022年の映画だが、最も心打たれた映画であるため例外的に選出した。2023年偏愛の1本である。
【TV SHOW】
監督 ジェシー・アームストロング、他
監督 クリストファー・ストアラー、他
製作 デイブ・アンドロン、マイケル・ディナー
監督 クレイグ・メイジン、他
監督 ビル・ヘイダー
製作 ハナー・ボス、ポール・チュリーン
監督 マイク・フラナガン、他
8、『I MAY DESTROY YOU』
監督 ミカエラ・コール、他
監督 セドリック・クラピッシュ、他
10、『キラー・ビー』
監督 ドナルド・グローバー、他
TVシリーズについては2023年もリアルサウンドにベスト10を寄稿しているため、各作品への寸評についてはそちらを参考にして頂きたい。
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本稿では10位のみを入れ替えた。トキシックファンダムを痛烈に風刺する『キラー・ビー』は、ドナルド・グローヴァーの苛立ちが伝わってくる強烈な1本。8位の『I MAY DESTROY YOU』ミカエラ・コールといい、とどのつまりはSNSをやめ、スマホを捨てろということだ(そう、フィンチャーも『ザ・キラー』で何度もスマホを踏み潰していた)。真の人生とはスマホの外にある。
フィナーレを迎えた『サクセッション』シーズン4が、映画も含めた実質上の2023年ナンバーワンである。2010年代後半以後、アイデンティティポリティクスの時代において私たちは世界が今より良くなると信じかけたが、そんなことはない。悪しきシステムが崩壊しても、さらに劣悪な何かがそれを継承するだけだ。そんな痛烈な風刺に打ちのめされた衝撃を超える作品は、他に現れなかった。くじけてしまいそうになる事ばかりだが、しかし最終回を前にある意外な人物が放った「だが私は踏み留まる」という言葉を胸に、僕はなんとか生きていこうと思うのである。
※2023年の年間ベストテンについてはポッドキャストでも解説しています。
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