長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『荒野の誓い』

2020-06-03 | 映画レビュー(こ)

 2017年は“トランプ時代”を象徴するかのように分断と結束を描いた映画が相次いだ。田舎町を舞台に世界中の憎しみの縮図を描いた『スリー・ビルボード』、半魚人を助けるために社会的弱者たちが結束する『シェイプ・オブ・ウォーター』、黒人差別をホラー映画に仕上げた『ゲット・アウト』、そしてファシズムとの戦いを決意したチャーチル元英国首相を描く『ウィンストン・チャーチル』とそれを戦場側から描いた『ダンケルク』だ。
 そんな中、スコット・クーパーによる『荒野の誓い』が見過ごされてしまったのは残念でならない。1892年のアメリカ西部を舞台に騎兵隊と先住民が辿る道程は今まさに僕達が囚われている憎しみの旅路であり、本作は傑作の風格を湛えた孤高のウエスタンだ。

 クーパーの演出は然るべき語りのペースを心得た巨匠のそれである。南北戦争終結後、大統領恩赦によって年老いた族長たちが故郷へ帰される。このセットアップ1つを取ってもクーパーの演出は遅い。護送を命じられた主人公ジョー・ブロッカーは頑なにそれを拒む。族長イエロー・ホークはかつて互いに命を奪い合った仇敵だ。クーパーはクリスチャン・ベールの苦悶をじっくりと撮らえ、凄惨な過去と負った傷の深さを炙り出す。ベールはこの後『バイス』『フォードVSフェラーリ』と続き、名優としての絶頂である。

 一行は道中、残虐なコマンチ族によって家族を奪われた未亡人と出会う。充実のロザムンド・パイクが見せる神経衰弱は壮絶で、ここの演出も遅く、長い。家族の墓を素手で掘ろうとする狂乱に新兵達は目を逸らし、何度も地獄を見てきた古参兵達は黙して耐える。この世の怨嗟に誰もが疲弊しきっている。副官は精神を病み、途中で護送を託される殺人犯もまた元兵士だ。

 遅さと長さは豊潤な映画だけが持ち得る力であり、本作の足取りの重さはコロナ禍においてもなお憎しみと怒りをぶつけ合うアメリカの負の歴史そのものでもある。凄惨を極めるバイオレンス描写と美しいマサノブ・タカヤナギのカメラ。ティモシー・シャラメ、ジェシー・プレモンス、ウェス・ステュディ、ベン・フォスターら演技陣が充実し、映画は慟哭のクライマックスへとなだれ込んでいく。

 クリスチャン・ベールと西部劇といえばジェームズ・マンゴールド監督による2007年の傑作『3時10分、決断のとき』が思い浮かぶが、奇しくも本作も列車で幕を閉じる。贖罪に生きるブロッカーと、悲しみに打ちひしがれながらなお人の優しさを守ろうとする未亡人との間に交わされる、か細い希望。抑制された心の機微にクーパーの名演出を見た。アメリカ映画の継承者として今後が楽しみな監督である。


『荒野の誓い』17・米
監督 スコット・クーパー
出演 クリスチャン・ベール、ロザムンド・パイク、ウェス・ステュディ、ジェシー・プレモンス、アダム・ビーチ、ピーター・ミュラン、ビル・キャンプ、スティーヴン・ラング、クォリアンカ・キルヒャー、ベン・フォスター、ティモシー・シャラメ
 

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