『ラ・ラ・ランド』でアカデミー監督賞を受賞したデミアン・チャゼルもついにNetflix進出だ。全8話のTVシリーズで製作総指揮と第1~2話の監督を担当。しかも舞台はパリのジャズクラブというまさに“チャゼル印”の設定である。巻頭早々、盛大にジャズが鳴り響き、自宅の音響設備を整えたくなった人も多いのではないだろうか。
かつてジャズピアニストとして一世を風靡した主人公エリオット。今はミュージシャンとしての一線を退き、リーダーを務めるバンドの持ち小屋“ジ・エディ”を経営していた。ある日、共同経営者である友人ファリドが暴漢によって殺される事件が起き、以来ヤクザからの脅迫を受ける事になる。
『ジ・エディ』はヤクザ絡みのサスペンスを縦軸に、バンドメンバー1人1人を描いていく群像劇となっているがストーリーにさほど新味はない。メジャーデビュー前のバンドがジャズクラブを経営して果たして稼ぎになるのか設定もアヤシイ。チャゼルが手掛けた第1~2話はNetflixとして初となるフィルム撮影が敢行されているものの残りの6話はデジタル撮影となり、演出のテンションも保たれていない(撮影は名手エリック・ゴーティエ)。チャゼル特有のまるで思い込みのような演奏シーン1つを取ってもその差は明らかだろう。
それでも映画を見続ける者として本作を避けて通るのは惜しすぎる。個人的にはポール・トーマス・アンダーソンが『ザ・マスター』を撮った時のような新鮮な驚きを感じた。アメリカ人監督であるptaが『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を撮ったのが必然と思えたのと同様、チャゼルが『ファースト・マン』を撮ったのは自然な流れのように思えたが、『ジ・エディ』はローラン・カンテやアブディラティフ・ケシシュ、ロバン・カンピヨらフランスの現代リアリズム作家の筆致に近く、台詞もおよそ6:4くらいで仏語が多い。完全に“フランス映画”のルックなのだ。
バンドメンバーは実際のミュージシャンばかりで、彼らにごく自然に演技をさせているのも前述のリアリズム作家達の手法を思わせる(第7話の主人公であるジャズドラマー、ラダ・オブラドビッチが特に印象に残った)。1話毎に彼らを主人公にした短編映画のような趣であり、犯罪ドラマの側面よりも友達以上、家族未満なバンドメンバーの関係性をもっと掘り下げて見せて欲しかった。
映画ファンならチャゼルのシネアストならではなキャスティングにも注目してほしい。主人公エリオットを演じるのは『ムーンライト』『ハイ・フライング・バード』でアダルトな魅力を発揮していたアンドレ・ホランド。娘役にはフレッシュなアマンドラ・ステンバーグ。ボーカル役ヨアンナ・クーリグはおそらく『COLD WAR』のブレイクを受けての当て書きだろう。アメリカ女優には出せない存在感であった。
終盤、エリオットが娘に貸す本の作者は『ビール・ストリートの恋人たち』で知られるジェームズ・ボールドウィンである。彼はNYからパリへ渡ったアフリカ系アメリカ人であり、『ジ・エディ』もまたパリでアフリカ系としてのルーツと生き方を模索する“パリのアフロアメリカン”の物語である。『ビール・ストリートの恋人たち』~アンドレ・ホランドを通じてライバル格とも言えるバリー・ジェンキンス監督へ共鳴するのも興味深く、今日におけるBlack Lives Matterとも呼応した点で映画作家デミアン・チャゼルを形成する重要な作品になったと思えるのだ。改めて言うが、映画だけを見ていて映画作家を語れない時代である。
『ジ・エディ』20・米
監督 デミアン・チャゼル、他
出演 アンドレ・ホランド、ヨアンナ・クーリグ、アマンドラ・ステンバーグ、タハール・ラヒム
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